00073_企業法務ケーススタディ(No.0027):商品売掛先に騙された!

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
株式会社ウッディータイヤ 社長 鈴木 有働(すずき うどう、37歳)

相談内容: 
先生、いつもお世話になっています。
ほら、ウチが輸入総販売代理店の権利を買ったイタリアのメーカーのタイヤあんじゃないすか。
最近新製品出したんすけど、これ、今、スゲー売れてんすよ。
ところで、ちょっと前、若手実業家の会合で知り合った人間がいるんです。
結構いい身なりで、いかにもやり手のビジネスマンみたいな感じなんですよ。
彼が言うには、手広くカー用品のチェーン店をやっている企業のトップだっていうことで、頂いた名刺みると、
「内村カー用品チェーン CEO 内村輝夫」
って書いてある。
その内村が、ウチの扱っているタイヤをどうしても売ってほしい、ていうんですよ。
意気投合したこともあり、在庫でスポーツタイヤが400本ほどあったんで、売りましょうという話になったんです。
翌日ウチのオフィスで注文書を書いてもらい、引渡方法については
「一刻も早くほしいので、こちらからトラックで取りにいきます」
ってことで、3日後にトラックで持っていきました。
その後、請求書を送ったんですけど、待てど暮らせど入金がされない。
会社の電話もつながらない。
やっと携帯でつかまえ、問い詰めると、
「内村カー用品チェーンは屋号で、私は個人事業主です。
タイヤはすでに売却済。
現在資金繰りが苦しいので代金は待ってほしい。
破産も検討している」
なんて言っている。
「そんなの詐欺じゃないですか。
名刺のCEOって普通大きな会社のトップって意味でしょ」
って怒鳴ったら、内村は笑いながら
「CEOは“チョット・エロい・オヤジ”の略称です。
法人代表者の意味ではなくて、ジョークで使っているだけ」
なんて言い出す始末です。
こんなの当然詐欺でしょ。
なんとかして下さいよ。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点:掛売は「商品代金相当分の無担保融資」と同義
今回、鈴木さんは、身なりだけで判断して取引を開始し、売掛という形で信用を供与したわけですが、非常に脇が甘かったと言わざるを得ません。
売掛で商品を卸すということは、代金相当のカネを貸すのと同じです。
鈴木さんの行為は、見ず知らずの人に担保もなしにカネを貸したのと同じくらいアホなものだったということです。
代金引換で売り渡すのであればリスクはないですが、掛で売る以上は、取引相手が信用に足るかどうか調査した上で、債権を適正に保全する方法を構築することが必要です。
掛で売ることはカネを貸すのと同じといいましたが、
「どうやって信用を調査するか」
には、銀行がカネを貸す時に行うことを参考にするのが手っとり早く確実な方法です。
銀行からカネを借りる時には、登記簿謄本をもってこい、印鑑証明もってこい、決算書もってこいなんて鬱陶しいことを言われますが、掛売を行う際は、この状況を彼我の立場を替えて再現すればいいだけです。
すなわち、今回の場合も、
「内村カー用品チェーン」
なる組織について登記簿謄本や決算書を要求すればその実態がないことや信用がないことが簡単に判明したわけです。
次に、代金債権の保全についてです。
先取特権という法定の担保物権があるにはありますが、現実に行使するのは困難です。
銀行が貸付けるときと同様、代表者に連帯保証を入れてもらうのは当然として、取引開始にあたって決算書を開示させるなどして信用状況を把握し、代引にする、相当額の内金を入れてもらう、信用ある人に連帯保証人として加わってもらう等の措置を取ることが必要です。
「あんた銀行でもないのに、決算書見せろなんて無礼だ!」
なんてキレる連中がいるかもしれませんが、そういうところとは最初から大きな信用取引をしなければ済む話です。
無論、すべての取引にこれらの措置を画一的に取らなければならないわけではありません。
例えば、明らかに信用がある東証一部上場企業のカー用品店に対してタイヤを卸すときに
「登記簿謄本をよこせ、連帯保証を入れろ」
なんて言うのは馬鹿げています(上場企業の情報は、有価証券報告書をみれば全てわかります。なお、新興市場で財務体質が脆弱な企業や問題企業の場合は、連帯保証を要求してもいい場合があります)。
小口の取引しかないところに一々こんな手間のかかることをしていたら大変ですが、大きな企業やしっかりとした企業の場合、取引の大小にかかわらず、会社の氏素性に関する情報を全てもってこさせて、基本契約を締結してから(取引口座の開設)、取引がはじまります。
逆に、会社の氏素性も不明で、基本契約がない場合、たとえ100円の商品でも売ってくれない。
それが、
「大きな企業やしっかりとした企業」
のやり方ですが、別に中小だろうが、零細だろうが、このやり方を真似ちゃいけないという法律があるわけではありません。
100円や1万円ならともかく、
「焦げ付いたら痛いと感じる額の売掛」
の取引を行う場合については、相手先の実体、信用状況を相手先から自主的に情報をもってこさせる形で把握し、基本契約を締結し、必要な連帯保証を徴求すべきだと考えます。

モデル助言: 
今回の場合、鈴木さんの信用の基礎は
「いい身なり」

「名刺のCEOという肩書」
だったわけですが、こんなことだけを頼りに、ロクに調べもしないで、全く新規の取引先に多額の掛売する方がアホですね。
流通業でもきちんとしたところは、取引開始にあたって、素性や信用に関する公的資料を提出させた上できちんとした契約書を取り交わしますし、信用枠の設定や増減も合理的に、かつ秩序立てて行っています。
確かに、支払能力がないことを秘匿として物を買うことは、不作為による欺罔行為に該当し、詐欺罪が成立する可能性があります。
とはいえ、警察にはこの手の詐欺の告訴相談が山のようにきますし、ドラマのように機敏かつ熱心に捜査してもらうことは期待しないほうがいいでしょう。
仮に内村を聴取できたとしても
「当初はきちんと払うつもりがあったが、カネの手当てができなくなった。
民事の債務不履行であって、刑事事件ではない」
と弁解することは目に見えてます。
詐欺の被害者が100%被害回復できた例はほぼ皆無ですし、この種の取引事故は事前の予防が何より重要であると肝に命じておいてください。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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