00093_企業法務ケーススタディ(No.0047):海外取引先相手の素姓を確認せよ!

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
株式会社トラブルバスター 社長 虎部 龍(とらべ りゅう、49歳)

相談内容: 
先生、ヨーロッパの有名な大学教授が開発した画期的なアンチウイルスソフトのライセンスが受けられそうです。
いえね、副社長である家内の美加が、ヨーロッパの視察旅行、といっても実際はファッションショーと買い物に行ったんですが、その際、知り合った現地のご婦人がアンチウイルスソフトの開発で有名なハックバスター教授の奥様だったんです。
家内が自分はソフト会社の副社長だと言うと意気投合したそうです。
そんなこんなで、ハックバスター教授を東京にお招きし、社を挙げて歓待させていただき、つい昨日帰国されたんです。
滞在中色々接待したのが効いたのか、ハックバスター教授も上機嫌になり、研究室に寄付をすること等を条件に、教授主導で運営しているコンソーシアム(企業連合体)が開発した、これまでにない画期的なウイルス対策ソフト
「ウィルス・ターミネーター」
の日本における独占販売権を当社に設定してくれる、というところまで話が進んだのです。
もっとも、求められた寄付額は日本円で8千万円ほどで、それ以外にも様々な条件があり大変なのですが、
「ウィルス・ターミネーター」
の独占販売権を手中にできれば、わが社も大きな飛躍が見込めます。
早速、明日にでも寄付金振込の手続をしようと思うのですが、全く、問題ないですよね?

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:海外取引先企業の素姓確認の重要性
海外企業との取引についてですが、一般に、株式市場で上場しているような著名な企業を取引の相手とするような場合、逐一素性を確認するような野暮なマネをする必要は乏しいといえます。
他方、あまり著名でない未公開の法人と取引する場合、著名法人自体ではなくその子会社や関連会社と取引するような場合、さらにはコンソーシアムとして運営されている企業連合体と取引するような場合、取引相手の法的素姓を正確に確認することは非常に重要です。
こんなことを言うと、
「はあ?
会社の素姓なんて確認する必要ねえよ。
実際、現地に行って担当者とか社長と会っているわけだし」
なんて声が聞こえてきそうです。
しかし、著名企業と提携したりする場合でも、実際契約相手として指定されたのは親会社の関係法人とはいえ「ホニャララLLC」という名の別法人だった、なんてケースがあったりします。
「LLC」とは、Limited Liability Corporation(有限責任会社)という意味ですが、法律概念における「有限責任法人」とは社会通念上「無責任法人」という意味にほかなりません。
それなりの資産や経済実体をもっている親会社と取引するならともかく、「無責任法人」とも言うべき関連法人と組まされて莫大な投資をさせられた挙げ句大失敗し、当の親会社を問い詰めても、
「ホニャララLLCは、当社とは別法人なので、関係ありません」
などスットボケられることがあったりします。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:コンソーシアムの素姓確認
本件で取引相手と目されるコンソーシアム(ある目的のために形成された複数の企業や団体の集まりのことを指します)ですが、法人格があるのかないのか、一体誰がどのような責任を持って運営しているのか、法的には素姓は明らかではありません。
そして、コンソーシアムの法的正体がハッキリしない場合、そこで開発された成果物の権利の帰属もハッキリしないこととなります。
すなわち、この種の法的な素姓が定かではない団体を相手に取引を進めるということは、法人格があるのかないのか、そこで生じた権利の帰属や譲渡・ライセンスはどうなっているのか、誰が代表でどのような機関決定に執行が拘束されるのか、という基本的取引条件が不明のまま、時間、カネ、リソースをつぎ込むことにほかならず、何も得られず徒労に終わるリスクを負う可能性があります。

モデル助言: 
8千万円を寄付するのは結構ですが、この投資をドブに棄てないようにするためには、事前に確認するべきことがあります。
まず、教授主宰のコンソーシアムなる団体の素姓確認です。
団体が法人格を有する場合、Certificate of Incorporation、Corporate Charter等日本の登記簿謄本に相当するものが存在するはずですし、法人格のない組合等の場合も規約等があるはずですから、まず、ハックバスター教授にお願いしてこれらのコピーを送ってもらい、コンソーシアムなる団体の運営の法的仕組をきちんと確認してください。
万が一、ハックバスター教授が当該コンソーシアムの代表権限を有していない場合や、教授が代表者であっても排他的ライセンス設定に必要な機関決定が得られる見込みがない場合、教授にいくらカネをつぎ込んでもソフトの権利を取得する見込みはゼロです。
やる気になっておられるところ、水を差すようで恐縮ですが、こういう基本を確認することもなく、舞い上がった状態で8千万円の寄付を実行しても、何も得られず惨めな思いをするだけですから、もうちょっと冷静になられて、事前にやるべきことをやってから取引に着手されたらいかがでしょうか。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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