00101_企業法務ケーススタディ(No.0055):アメリカで懲罰的賠償判決を食らってしまった!

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
株式会社スターダスト・ブレイカーズ 専務 武下 大五郎(たけした だいごろう、30歳)

相談内容: 
先生、チョリース。
てゆーか、ぶっちゃけ、オレ、ガチで困っちゃってんすけど。
ウチの会社、バブル絶好調だったおじいちゃんの代に、アメリカに進出しようとしたんすよ。
現地のコンサルタントから、
「その州で工場とか建てると、州の税金が無税になる」
とかノリノリなこと言われて、それで、おじいちゃんもノリノリになっちゃって、デカい土地を借りる仮契約結んだんですよ。
このコンサルタントは完全インチキで、税の優遇の話は最初からナッシングで、あと、工場近辺の道路がシャビーで、製品が港まで運べなかったらしいンすよ。
で、土地賃貸借契約をキャンセルしたら、今度は、地主から
「詐欺だ」
とか言われて訴えられちゃって、現地の弁護士に依頼してがんばったんですけど、裁判ではボロ負けしちゃって。
判決ではキャンセルとかで迷惑掛けた10億円のほか、懲罰的賠償つうんですか、そんな余計な債務が30億円もくっついてきちゃって、それで、おじいちゃん、今は会長になってんすけど、超ブルー入っちゃって、寝込んじゃって動けないんすよ。
今、相手の弁護士から、
「日本で強制執行して、お宅の本社ビルとか根こそぎ取り上げてもいいけど、いろいろ手間がかかるから、40億円だけ払ったらあとは負けてやる」
とか手紙が来て、それで、孫のオレに、
「鐵丸先生に交渉してもらって、分割とかにしてもらってくれ」
って伝言ことづかって来たんすよ。
てゆうか、ぶっちゃけどうなんすか、これ。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:懲罰的損害賠償
懲罰的損害賠償(punitive damages)とは、アメリカやイギリス等のコモンロー体系の国の法制度で、不法行為に基づく損害賠償請求事件において加害者側の非違性が強い場合に、一般予防目的(加害者に懲罰を与えて、将来の同様の行為を抑止する目的)の観点から、実損害の塡補としての賠償(補償的賠償)に上乗せして支払うことを命じられる高額の賠償のことです。
懲罰的損害賠償は、日本企業のアメリカ進出が盛んだった頃、アメリカの法体系の不気味で恐ろしい部分として企業関係者の間で有名なものでした。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:日本の最高裁はアメリカの懲罰的賠償判決を完全無視
アメリカの裁判で敗訴して損害賠償債務が確定した場合、無論、判決に基づいて強制執行され、これに基づいてアメリカ国内の被告企業の資産が取り上げられてしまいます。
ところが、被告企業が既にアメリカを引き揚げ同国内にまったく資産を持たない場合、原告側としては、日本まで追っ掛けていき、日本国内の被告企業資産に強制執行しようとしますが、これが実は一筋縄ではいきません。
アメリカで獲得した英文の判決書を、裁判所の執行受付に持ち込んで、
「すぐに強制執行してくれ」
とわめいたところで、何が書いてあるか不明な英語の紙切れを片手に強制執行を求める人間など、裁判所は一切相手する必要はありません。
裁判所は、
「外国判決に基づき日本国内で強制執行したいのであれば、当該判決を承認し、これを執行する旨の判決を日本の裁判所で取ってきてから、出直してこい」
と冷たくあしらうだけです。
アメリカの判決が日本で無条件に承認・執行されると考えるのは、大間違いです。
裁判も国家主権の行使である以上、日本の裁判所としては、外国の裁判所の判決で気に入らない部分があれば、一切無視できます。
実際、懲罰的賠償責任を含むアメリカの判決の承認・執行の是非が争われた事件(萬世工業事件)で、最高裁は、
「見せしめと制裁のために被上告会社に対し懲罰的損害賠償としての金員の支払を命じた部分は、我が国の公の秩序に反するから、その効力を有しない」
として、
「補償的賠償責任を超える懲罰的損害賠償責任に関しては、日本での強制執行は認めない」
旨判断しています。

モデル助言: 
相手方代理人の法律事務所は、多国籍展開しており、日本でも提携の事務所があるようですから、当然萬世工業事件判決を知っているんでしょうね。
だから、もし、本気で我が国で強制執行しようとしても、せいぜい10億円部分の賠償部分しか強制執行できないことは重々分かっている。
その上で、こちらの無知につけ込み、
「40億円にまけてやる」
とのオファーを出してきているんでしょうが、こんなの慌てて応じる必要はない。
取りあえず、先方の弁護士には、当事務所が交渉代理人に就任したことを知らせ、その手紙で、萬世工業事件判決を引用しつつ、
「貴国の裁判で負けたとはいえ、日本での承認・執行裁判でリターンマッチの機会がありますので、当方としては徹底的に戦うつもりです。
東京地裁でお会いしましょう」
とカマしておきます。
日本の裁判がそこそこ時間がかかることは相手も知っているはずですから、そのうち音を上げて補償的賠償10億円前後での早期解決を内容とする和解条件を受諾するかもしれません。
ま、思っているよりも安く解決できるかもしれませんので、ブルーになっちゃっているおじいさんにも元気を出してもらってください。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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