00117_企業法務ケーススタディ(No.0071):ライバル企業の顧客勧誘時の落とし穴

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
株式会社トゥース 代表取締役 大鳥 流石(おおとり さすが、30歳)

相談内容: 
今日の相談は、ウチで全国各都市に展開している少人数英会話教室「We(ウィー)」のことなんです。
当社のライバル会社で、全国各駅のソバに英会話教室を展開している「SOBA」という会社があるんですが、「SOBA」の埼玉地区事業部長の赤林(あかばやし)ってのとパーティーで名刺交換して以来意気投合しまして、昨年、ウチの会社の事業部長として招聘することになったんですよ。
赤林も「SOBA」をぶっつぶす勢いで頑張ります、ってヤル気になって頑張ってくれました。
まず、英会話教室を「SOBA」から当社に切り替えた受講生は、半年間、他の受講生より授業料を安くするっていうキャンペーンを始めたら、これが大当たり。
加えて、「SOBA」で安くこき使われてヒーヒー言っている外国人の英会話教師を大量に引き抜いてきた。
そんなこんなで、「SOBA」 はもうヘロヘロ。
東京・名古屋ではウチの一人勝ちです。
昨年末、「SOBA」が公正取引委員会に被害申告したみたいで、公取からいろいろ電話がかかってくるようになり、なんか雲行きが怪しくなってきました。
とはいえ、同業他社より安い価格を付けて顧客を勧誘するなんてのは、自由競争社会では当ったり前のことですし、外国人教師が「SOBA」を見限ったのも安くコキ使ってた「SOBA」が悪いんですし、ウチは全く悪いことなんかしていない。
胸を張って堂々としていいすよね?

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:顧客属性に応じた価格の差別化
適正な利益が上げられる範囲で、同業他社より安い価格を設定して商品を販売したりサービスを提供したりすることは、自由競争社会においては当然のことです。
本来、企業は、自社の商品やサービスの価格を自由に決めることができるのが原則ですし、顧客によってはその取引量やコスト(事務費用など)が異なるのですから、例えば、
「子供は割引します」
といったように、顧客の属性で価格を変えたからといって、直ちにそれが違法と評価されるようなことはありません。
しかしながら、例えば、同業他社のシェアが大きい地域だけ、自社の商品やサービスを安くしたり、同業他社の顧客を勧誘する時に限って安い価格を提示したりするといった行為は問題があります。
なぜならこのような行為を放置した場合、大企業がその資金力にものを言わせて、同業他社のシェアが大きい地域や市場に狙い撃ち的に介入し、その地域や市場における同業他社の資金力が尽きるまで安い価格を維持して顧客を奪うことが許されることになり、反競争状態が出現することになるからです。
このため、独占禁止法は、公正取引委員会が指定する
「不当に、地域または相手方により差別的な対価をもって、商品もしくは役務を供給し、またはこれらの供給を受けること」
を「差別対価」として不公正な取引方法としているのです(一般指定3項)。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:顧客や従業員の苛烈な引抜きが私的独占に該当する場合
最近、ある会社が、ライバル企業の3割近くの従業員を引き抜いた上、さらに、当該ライバル企業の顧客に対し、
「自社との取引に切り替えれば、他の顧客にはない特別な条件で取引する」
という不当な差別対価を提示して勧誘したという事件がありました。
この事件について東京地方裁判所は、
「違法な引き抜き行為」
に加え、これと近接した時期に
「違法な差別対価」
を提示するキャンペーンを大々的に行ったことを総合的に考慮し、いわば
「併せ技一本」
のような形で前記企業の行為を悪質な私的独占行為と判断し、20億円にも上る損害賠償額の支払いを命じました。
設例の場合も、単なる不公正取引としての
「差別対価」
にとどまらず、
「差別対価を手段とした私的独占行為」
として判断されるリスクがあると言えます。

モデル助言: 
株式会社トゥースさんの場合、
「SOBA」の受講生だけを狙い撃ちして授業料が安くなるような対価設定を行っておりますので、公正取引委員会に睨まれるような、不当な差別対価による営業政策と言えるんじゃないでしょうか。
加えて、
「SOBA」潰しのキャンペーンと近接した時期に、大量に講師を引き抜いているのもよくありませんね。
いかに
「SOBA」が外国人教師をコキ使ってきたとはいえ、
「引き抜き行為」
と目されるような積極的かつ強引なやり方で横取りしたというのであれば、差別対価と
「併せ技一本」
で、私的独占行為として評価される危険すらあります。
「SOBA」の受講生だけでなく、全受講生を対象とした割引キャンペーンに切り替えるとともに、今後「SOBA」から移籍を希望する外国人教師については、円満退社することを条件にするなどして、戦略をマイルドな方向にシフトしていくべきです。
それと、公正取引委員会への対応についても、「SOBA」の外国人教師の雇用の一件は、
「困窮している彼らを助けるためで引抜きではない」
「「SOBA」からの切り替えキャンペーンとは関係ない」
ということをしっかり説明していく必要がありますね。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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