00135_企業法務ケーススタディ(No.0090):名板貸の危険

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
ウルフーズ株式会社 社長 松本 東達(まつもと とうたつ、年齢非公表)

相談内容: 
きましたよ、きましたよ、振り込め詐欺。
株式会社オバンザイとかいう会社から
「調理機器の代金として1500万円を振り込め」
なんて請求がきたんですが、当社は、そんな会社見たことも聞いたこともありません。
もちろん、取引実績なんて一切ありません。
ところがどっこい、オバンザイ社は
「御社の大阪工場に調理機器を納入したが、数日後に訪ねたら“もぬけのから”で、工場長にもまったく連絡がつかない。
御社の工場なのだから、御社の本社のほうで代金を支払ってもらわなければ困る」
って強硬に請求してくるんです。
確かに、当社のレトルト食品の製造委託先である大阪の零細食品工場がちょっと前に
「箔付け」
のため、ハッタリで「ウルフーズ大阪工場」なんてドデカイ看板を出してたことは知ってましたが、ま、ウチも黙認していましたよ。
とはいえ、大阪の工場は、合名会社か何かがやってて、当社とは全く別の事業者です。
そんなこと、ちょっと調べれば誰でも判りますよ。
「他人の買い物の代金を、ウチが支払わなくちゃならん道理はないでしょう」
と言ってやったら、オバンザイ社は
「たとえ別の事業者であったとしても、『ウルフーズ大阪工場』という名称を使用させていたのだから支払う責任がある」
なんてヌカすんです。
そんなバカな話がありますかね。
こんなの架空請求の振り込め詐欺ですよ。
警察に告訴したいと思うんですが、ついてきてもらえますか、先生?

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:名板貸とは
江戸時代においては
「連座制」
なんて制度があり、自分に責任がなくても他人のケツを拭かされるということが当たり前のようにありましたが、近代法制においては
「人は自らの意思に基づいた約束にのみ拘束される」
というのが基本的な考え方であり、
「自らが合意したものでない限り、他人が勝手に締結した契約に拘束されることはない」
というのが原則です(私的自治の原則)。
とはいえ、取引社会を円滑にするためには、この原則を貫くと不都合な場合があり、
「取引社会において紛らわしい外観が存在し、これを信頼して取引してしまった第三者が損害を被ろうとしている場合、外観作出に責任のある者がケツを拭くべき」
とのルール(「外観法理」といいます)が登場しました。
たとえば、会社法第9条は、
「自己の商号を使用して事業又は営業を行うことを他人に許諾した会社は、当該会社と取引しているものと誤信した第三者に対し、商号使用の許諾先である他人とともに連帯して、その取引によって生じた債務を弁済しなければならない」
と規定しています。
「自社と誤解されるような紛らわしい商号の使用を許したのはテメエなんだから、商号使用者の不始末はテメエがとれよな」
というわけです。
なお、
「自己の商号の使用を他人に許諾すること」

「名板貸(ないたがし)」
と言い、商号使用の許諾元を
「名板貸人」、
許諾先を
「名板借人」
と呼びます。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:名板貸人の責任が発生する要件
では、名板貸人は、どのような場合に、名板貸人の責任を負わされることになるのでしょうか。
自らの意思に基づいて約束を交わしたわけではない名板貸人に、私的自治の大原則を修正してまで、本来他人であるはずの名板借人が勝手に背負った債務まで弁済させるという重い責任を発生させるわけですから、それなりの要件が要求されます。
すなわち、
(1)虚偽の外観の存在(名板借人による商号の使用)
(2)当該外観への信頼(第三者が名板借人を名板貸人であると信じたこと)
(3)当該外観作出についての名板貸人の帰責性(名板貸人が自己の商号を使用して事業を行うことを自ら許諾していたこと)
という要件が必要となります。
たとえば、(2)第三者が名板貸人と名板借人とが別の業者であることを知っていた場合や(悪意)、普通なら誰でも気付けた状況なのに気付かなかったような場合(重過失)には、第三者側の落ち度ですから、名板貸人に責任は発生しません。

モデル助言: 
御社の場合、大阪の町工場が勝手に御社の商号を使用していたのを放っておいただけであり、ウソの外観作出を積極的に認めたわけではありません。
ですが、法律の世界では
「黙示の承諾」
なんていうやっかいな理屈がありまして、
「名板貸人が、商号使用を明確に許諾していなくても、名板借人による使用の事実を知っていて放置していたような場合には、紛らわしい状況を信じて泣かされた第三者とのバランスにおいて、黙認は許諾したも同然」
ということで、名板貸人の責任が発生する場合があるんです。
御社は、大阪工場による商号の使用を知りながら放置していたという経緯があるので、名板貸の責任を回避できない状況ですね。
とはいえ、むざむざ引き下がるのも悔しいですから、大阪工場が別事業者であることは地元では有名だったようですので、オバンザイ社も知ってて当然であったとの反論を準備しましょう。
早速、
「看板はウソのハッタリであることは地元で有名であった」
という陳述に協力してくれる地元関係者の抱き込みにかかりましょうか。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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