00136_企業法務ケーススタディ(No.0091):勘違いによる取引を無効にできるか?

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
豹金属(ヒョウキンゾク)株式会社 社長 村上 正一(むらかみ しょういち、54歳)

相談内容: 
こんなんで代金請求されても、ワシはビタ一文払いませんで。
ほんなもん、当たり前でっしゃろ?
思てた話と全然ちゃいますやん、コレ。
ウチは、広告出す予定の企業リストを確認させてもろた上で、金属加工業者はウチだけやゆうことでナニオ・ユー社の年刊誌
「サタデーナイト8」に広告出したんや。
それがやで、出来上がってきたもん見たらビビったわ。
ライバル会社の善印州(ゼンインシュウ)合金株式会社が、ドゥーン! ってウチよりデッカい広告出しとるがな。
こんなん、ウチが善印州合金に負けとるみたいで、かえってイメージアップどころか、信用ガタ落ちですわ。
わざわざ高い金出して広告打った意味あらへんがな。
ウチかて黙ってられへんよって、早速、ナニオ・ユー社の担当者を呼び出したら、
「『ライバル会社の広告が載ってるから広告代金は支払えない』などといわれても、そんな話は聞いてませんでしたし、広告自体には全く問題がないわけですよね」
なんていいよりますねん。
確かに広告自体は問題あらへんけど、ウチは
「金属加工業者はウチだけ」
ゆうことを重視してましたんや。
善印州合金も一緒に広告出すんやったら、そもそも契約なんかしまへんがな。
えらい勘違いやで。
こんなんもん、あかんあかん。
契約無効ですわ。
そやさかい、絶対カネ払いまへんで。
ナニオ・ユー社から請求書来たら、先生のほうであんじょうやっとったってください。
たのんますわ、先生。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:錯誤による無効とは
私法の世界では、
「人は自らの意思に基づいた約束にのみ拘束される」
というのが原則です。
この原則に照らせば、
「勘違いによる契約」
は、自分が思ったこととは違うわけですから、
「自らの意思に基づいた約束」
とはいえませんので、その人はその契約に拘束されないことになります。
そこで、民法95条本文は、
「法律行為の要素に錯誤があったとき」、
つまり、
1 その勘違いがなければ契約を締結しなかったといえる場合で
2 通常人の基準からいっても(一般取引の通念に照らしても)その勘違いがなければ契約を締結しなかったことがもっともであるといえる場合には
「錯誤による契約」
として無効となる旨が規定されています(錯誤による無効)。
本件の場合も、
「ライバル会社の広告が一緒に掲載されるとは思わなかった」
という勘違いがありますので、錯誤があったと言えそうに思われます。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:動機の錯誤
ですが、見方を変えてみると、ナニオ・ユー社側の
「そんな話は聞いてない」
という言い分にもなるほどと思わせるところがあります。
たとえば
「雑誌広告を出すつもりが、間違えてテレビCMを契約してしまった」
というならまだしも、
「サタデーナイト8に広告を出すつもりで契約し、契約に書かれているとおりに広告が掲載された」
のだから、契約自体には何の勘違いもなかったといえそうです。
ナニオ・ユー社にとっては、
「ライバル会社が広告を掲載するんだったら、オレはヤだ」
なんて、契約内容とは別個の背景事情に過ぎず
「知ったこっちゃない」
ことなのです。
このように、
「契約の内容自体には勘違いがないものの、契約しようと思った背景事情に勘違いがある場合」

「動機の錯誤」
と言います。
そして、判例は、
「動機の錯誤」
について、勘違いしてしまった者と契約の相手方との利益を調整するため、
「その動機が相手方に表示されて法律行為の内容となった場合」
には契約が無効になるとしています。
本件であれば、
「広告を掲載する金属加工業者は豹金属社だけ」
という条件が契約の相手方であるナニオ・ユー社側に(黙示的にでも)表示されていた場合には、契約が無効となるわけです。

モデル助言: 
本件の場合、契約書には、
「他の金属加工業者の広告は掲載しないこと」
といった条件は特に書かれていませんね。
口頭で説明していたかどうかは水掛け論になってしまうことも多く、立証が困難でしょう。
とはいえ、御社は、契約締結の際に、
「広告を掲載する予定の企業リスト」
の提示を要求していたようですから、この点に関するメールのやり取り等をよくよく調査すれば、ナニオ・ユー社に御社の意図を暗に伝えていた痕跡があるかもしれません。
これをもって、
「黙示的に表示していた」
ことを主張することも不可能ではないかもしれませんので、あえて支払いを拒否して、相手方の訴訟を提起させ、泥試合に持ち込み、クリンチを連発して相手を疲弊させ、多少なりとも減額してもらうような和解解決を目指してみましょうか。
今後は、こうした強い動機があるなら、必ず契約書に条件として明記しておくべきですね。
自分が当然と思っていることでも、相手方にとっては
「想定外のこと」
であることは少なくなく、以心伝心に頼ることは取引社会では御法度です。
また、言葉で伝えただけでは立証が困難な場合がほとんどですから、書面に残すことも大切ですかね。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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