企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。
相談者プロフィール:
ザーマス・リアルエスティト株式会社 社長 仁村 和勝 (にむら かずかつ、年齢非公表)
相談内容:
土地、売れねぇのかよっ! なぁ、先生よぉ~。
俺、びっくりしちゃったよ。
ウチは不動産を売ったり買ったりしてんだけどさ!
つってもさ、俺が実際に売り主とか買い主になるわけじゃないから・・・、そっ、そうっ! 要するに仲介業。
そういうこと! さすが先生、よくご存じでらっしゃる。
でね、今回は、どうしようもない土地があったって話。
一応、地目は宅地なんだけど、ず~っと放置されてた土地で、道路も敷設されてなきゃ、電気や水道も通ってないって状態だったわけ。
そんな土地をさ、腐れ縁の大岳(おおだけ)が
「ちょっと売るの手伝っちゃってくんない?」
って軽く売却の斡旋をお願いしてきたから、つい、
「任せろっ!」
ていっちゃったんだよね。
当時、大岳はカネがなくってさ、仕方ないから今回は俺が買い受けて、宅地として売り出すために必要な工事とかした上で、売却することにしたんですよ。
一応、買い主になるってことで100万円手付金も払ってやって、頑張って高値で買い受けてくれる人間も見つけたのにさぁ・・・。
さぁ、残金支払うかって段になって、急に大岳のヤロウ、別のオイシイ話を見つけてきたのか、
「200万、これ手付け倍返しってことで契約ナシね!
やっぱさぁ、お前に売った金額低過ぎるわ」
なんて急に言い出すんです。
先生、俺、頑張って土地の工事して転売利益得るつもりだったのに、200万ポッチもらって、あいつに土地返さないといけないのかな?
本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:契約の縛り
売買契約は、当事者の
「売る」「買う」
という意思の合致によって成立します(民法555条)。
そして、いったん契約が成立すると、当事者は、契約に拘束され、一方的に解約等をすることは原則としてできません。
もちろん、相手方に契約条項の違反等があり、それにより当事者が契約に拘束され続けることが不当だと思われるような場合には、解除や損害賠償といった手段が用意されていることはご存じのとおりですが、あとから考えたら不利だから
「やっぱヤンペ! ノーカン、ノーカン!」
なんてことはできません。
他方、
「オイシイ取引があるが、最終的に契約するかどうかちょっと考えたいので、しばし、ホールドしておきたい」
というときに、ツバを付けておく趣旨で、手付金が交付される場合があります。
この
「手付金」
ですが、よりよい条件での契約を締結できるよう、自由な取引を保護する趣旨で、
「売り主は、受け取った手付金の倍返しをすれば負担なく契約を解約できる(買い主は、差し入れた手付金を放棄すれば負担なく契約を解約できる)」
ことを意味し、
「解約手付」
と呼ばれます。
本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:手付倍返しによる解除のリミット
しかし、このような手付金の交付がなされていた場合、
「わずかなカネで、何カ月であれ、何年であれ、気の向くまま解除が認められる」
というのでは、そんな不安定な関係を強いられる相手方としてはタマったもんじゃありません。
契約から引き渡しまでに一定の時間と手間が必要な取引を考えてみれば、ある程度履行の準備をした後は、
「他との取引のチャンスはもう考えず、相手のためだけに履行を完了しよう」
という信頼関係が構築されます。
いくら手付金のやり取りがなされているからといって、自由に解約が認められるべきとは考えられません。
そこで、民法557条1項は
「買い主が売り主に手付を交付したときは、当事者の一方が契約の履行に着手するまでは」
解除できるとしております。
すなわち、この反対解釈から、
「いくら手付が打たれているからといっても、一度、相手方が履行に着手したら、手付を使った解除はできない」
というルールが導かれるのです。
モデル助言:
要するに、仁村さんが
「履行に着手」
した後であれば、大岳が手付金の倍額を持参してこようが、もはや解除が認められない、ということになりますね。
具体的に何が
「履行の着手」
に該当するのかは、解釈に委ねられていますが、解約される側に不測の損害を与えないため、
「後戻りを要求するのが酷なほど、目に見える形で準備をした状態」
とされています。
今回、仁村さんは、宅地の転売をするために、水道の工事や道路の舗装工事などの多額の出費を既にしており、このような事情は相手方も知っていた上、残代金についても支払い準備が完了していたと思われますから、買い主として十分な準備をしたとして、
「履行の着手」
があったといえる可能性が高いですね。
とにかく、手付金の倍返しは一切受け取らず、逆に残金を提供し
「とっとと登記を移転しろ」
と請求していくことですね。
無論、大岳が見つけてきた取引の額が巨額で、
「とにかく、ナシにしてほしいから、カネには糸目を付けず、いくらでも出す」
というのであれば、こちらの言い値の解決金を払わせて合意解除してあげてもいいですね。
いずれにせよ、状況はこちらに有利ですから、徹底して強気にいきましょう。
著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所
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