00149_企業法務ケーススタディ(No.0104):資産運用の罠

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
日国工業大学 経理課長 美濃川 聞多(みのかわ もんた、66歳)

相談内容: 
先生、先生。
今日は、本学の資産を投資するにあたってのアドバイスをいただきに来ました。
まぁ、大学という機関には、毎年毎年定期的に学費やら受験料やらで大金が入ってくるんですが、ほとんど死に金という状況の中、昨今の少子化に対処すべく、資産運用について真剣に考えないとイカンのです!
なのに、理事たちは、研究にしか興味のないボンクラの上、
「絶対学校をつぶすな。
オレたちの退職金は絶対確保。
あとは良きに計らえ」
と勝手ですし、理事長の娘婿の財務部長ですら、ヨット狂いでほとんど学校に出てきやしない。
そんなわけで、私ひとりが、財務運用を任されてます。
学校をつぶすわけにはいかないので、国立パリ・バレバレ銀行という外資系金融機関の
「学校・病院財務担当者のためのサバイバル投資戦略」
というセミナーに行ってみたら、営業責任者の宮根谷(みやねや)というのがペラペラ回る口と、元気のいい関西弁でやたらと自信たっぷりに語ってまして。
その後オフィスに行ったら、
「これやらんと、少子化で学校つぶれますよ! 知りませんよ!」
と畳み掛けられ、その後は物すごい接待攻勢。
とりあえず、20億円から、といわれ、断りづらいんです。
別にいいすよね。
きちんとした金融機関が自信たっぷりに任せてくれ、といってますし。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:大学の巨額・運用失敗事件
リーマンショックのちょっと前から、本件のように、大学が資産運用に色気を見せ始めるようになりました。
ただその結果といえばお粗末なもので、K澤大学は190億円の損失、K応大学は179億円の損失、I知大学、N山大学、J智大学も軒並み100億円程度の損失を出しています。
他にも数十億円の単位で損失を出している大学が多数ありますが、その中でも、K奈川歯科大学では、損失問題から刑事事件にまで発展しました。
同校では、人事権を掌握する理事が、その権力を背景に、実体のない投資先に巨額の投資をし、業務上横領等で逮捕されています。
経営陣が逮捕されるという異常事態から、年間7億円の補助金も打ち切られかねないという状況に陥りました。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:事件の背景
K奈川歯科大学では、強大な権力を一手に握る理事を誰も止めることができなかったというガバナンスの欠如を指摘することができます。
また、K澤大学においては、多額の損失が通貨スワップ等のデリバティブ取引により生じましたが、これを運用していたのは一経理課長でした。
取引開始時には、理事長による最終決裁を経ていたものの、その後の取引を、同課長が理事長名義で捺印することにより行い、市況の悪化に伴い追加保証金が要求されたときにも、ひとりで処理を続けていたようです。
このことからは、商品特性に応じた運用ルールが全く定められていなかったことも明白といえます。
これらのガバナンスの問題や、運用ルールの不備は、組織作りの観点からの分析ですが、より重大なことは、担当者を含む学校経営陣に金融知識がまったく欠如していることでしょう。
このことは、刑事事件等に発展してはいないものの、多額の損失を生んでいる多くの大学に共通していえることです。
知識の欠如した経営人らがなぜ複雑な金融商品に手を出すのかといえば、金融機関に完全に依存した結果であるといわざるを得ません。
金融に明るい人が大学経営陣にいればよいのですが、そのようなことは稀ですし、多額のキャッシュを有する大学は金融機関にとってはおいしいカモ、もとい、お客様として、強烈な営業の対象となりがちです。
知識はないのに営業攻勢をかけられ、かつ、組織としてもやめる仕組みを設けていないとなったら、金融機関の食い物にされることは明らかでしょう。

モデル助言: 
この学校の規則は、昨年の改訂の際に、ひと通りレビューしていますが、確か有価証券取扱細則があったはずです。
ほらほら、これ。
これによると、投資はNGと書いていますから、独断でやって失敗したら、美濃川さんがすべて責任を取らされますよ。
民事で賠償できるような額ではないですから、最悪刑務所行きですよ。
特にこの商品の提案資料をみると、現在の円高をベースにシミュレートしてありますが、為替が逆に振れると、ほら、こんなに損が膨れ上がるんですよ。
え? 知らなかった? こういう不都合なことは宮根谷はいわないんでしょう。
こりゃ、一歩間違えばアリ地獄ですね。
どういう接待を受けたかは知りませんが、そんな浮世のギリは無視してしまって構いません。
それに、少子化に伴って入学希望者数にお悩みということなら、大学の競争力を向上させるために、魅力ある学校づくりこそが第一ですし、そのための投資をすべきでしょう。
それでもなおリスクの高い投資を試みるというのであれば、定められた規則に照らした運用計画を策定し、理事会に諮って慎重に進めるべきですね。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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