00150_企業法務ケーススタディ(No.0105):会社分割の妙味と注意点

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
蚊刺(カサス)・プロダクション株式会社 人事・総務担当取締役 蚊刺 英一郎(かさす えいいちろう、50歳)

相談内容: 
先生、うちのプロダクションは、これまで
「制作すれば必ず視聴率が取れ、絶対外れなし」
といわれたサスペンスドラマ専門の俳優育成に力を入れるべく、平成初期にサスペンスドラマ専業俳優部門を立ち上げてそれなりに頑張ってきました。
しかし、最近では、お笑い番組やバラエティ番組ばかり注目されて、今では、この部門、すっかりわが社のお荷物になってしまっているんです。
このような状況もあり、うちの父で当社社長の英二が、会社分割に詳しい会計士の助言を得て、思い切って俳優プロダクション部門をうちの会社から分社独立させて、これをナニワ興業の子会社として引き取ってもらうというプロジェクトを立て、これを進め始めました。
とはいえ、俳優やマネージャー、その他働いている従業員丸ごと、強制的にナニワ興業に移籍させてしまうことができるかどうか、大問題になっているんです。
ナニワ興業は強烈な実績主義がモットーで、
「若手や売れないタレントやデキないマネージャーに対する労働条件が過酷」
という噂があり、移籍を嫌がっている連中も少なからずいるようなんです。
とはいえ、ウチとしても、サスペンスドラマ専業俳優や、温泉旅館でマッタリ仕事をするのに慣れたドラマ俳優のマネージャーとか使えない連中が残っても困ります。
分社化した会社に部門の従業員を円満に移籍させることができるか、頭を痛めているのですが、どうしたらいいでしょうか?

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:会社分割の妙味
会社分割とは、大きく分けて、会社がその事業の一部を切り離し、新しく設立する会社に事業を承継させる
「新設分割」
と、
既存の別会社に事業の一部を承継させる
「吸収分割」
があります。
この制度は、2001年の商法改正の際に導入されたものですが、その後、2005年に成立した会社法によってより簡易な手続きで会社分割等ができるように制度整備がなされ、組織再編の一手法として多用されるようになってきています。
会社分割という手法の妙味は、会社の経営に関わる各契約関係を、事業を承継する新しい会社(あるいは、事業を承継する既存の会社。以下、「承継会社」)に一挙に付け替えることができるという点です。
すなわち、事業譲渡のように、取引先との契約や従業員との間の労働契約を締結し直したり、事業用設備・商品在庫・預金等をはじめとする会社資産の譲渡手続きを行ったり、といった面倒なことをせず、スムーズに分社化ができるところが会社分割の旨味といえます。
具体的には、承継会社に承継させたい各契約関係や資産等を、会社分割手続きにおいて作成する新設分割計画書ないし吸収分割契約に記載すれば、原則として、取引相手の個別の同意を要することなく承継先に引き継がれていくことになるのです。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:会社分割と労働契約
「会社の一方的都合だけで契約関係が電光石火の如く切り替えられる」
というのは会社にとっては実に都合がいいようですが、見ず知らずの承継会社に突如転籍させられてしまった従業員にとっては大事です。
そこで、会社と従業員の利害調整のため
「会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律」
が定められております。
同法は、従業員を、
1 承継される事業に従事していた従業員
2 それ以外の従業員(承継される事業に従事していなかった従業員)
に分類した上で、会社分割において、
1の従業員を承継会社に「承継させない」場合と
2の従業員を「承継させる」場合に
それぞれの従業員に「異議権」を与えています。

モデル助言: 
社長のお話を前提とすると、当該部門の俳優やマネージャーさんというのは、先程お話しした①の従業員に当たりますね。
1の従業員を承継会社に
「承継させる」
場合には、従業員にとってみればこれまでと同じ仕事ができるわけですから、法律上、会社が対応する必要はありませんね。
この点、最高裁平成22年7月12日判例では、法律上
「異議権」
がない場合であっても、
「会社分割に伴う労働契約の承継に先立って、その承継に関して労働者との間で行われるべき協議が全く行われなかった場合または当該協議における会社からの説明や協議の内容が著しく不十分である場合には、当該労働者は労働契約承継の効力を争うことができる」
などとされているところが厄介といえば厄介です。
しかしながら、最高裁が要求しているのは、
「説明や協議」
であって、
「従業員のワガママな条件をすべてのめ」
ということではありません。
ま、今回の件は多分に噂がひとり歩きして疑心暗鬼を招いているところもあるでしょうから、ナニワ興業さんにきちんとした雇用条件を明示してもらうなりして、まずは説明と協議を尽くすことでしょうね。
そこまでやってもまだ文句を垂れるようであれば、
「最高裁判例で求められている説明や協議は尽くした」
として、そんな連中は放っておいて承継を進めてもいいんじゃないでしょうか。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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