00162_企業法務ケーススタディ(No.0117):OEM先の従業員が大ケガをした!

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
吉岡製菓株式会社 総務課長 吉岡 隆英(よしおか たかひで、40歳)

相談内容: 
先生、ウチの富良野市にある工場では、ウチが設置した製造ラインを地元の業者さんに一括で貸して、そこでウチの大ヒット商品
「キタ━(゚∀゚)━の国のチョコ(以下、「キタ国チョコ」)」
を製造してもらっているんです。
ちょっと洒落た言い方をすると、OEMってヤツですか。
でも、業者さんとウチとの関係は単なる請負の関係だから、ウチは請負代金を払って
「キタ国チョコ」
を受領するだけで労働者のシフト管理とかそういった面倒なことは考えなくてもいいし、ニーズがなくなったら、単に業者さんとの契約を解除してラインを停止すればいいだけだから、解雇とか頭の痛いこともやらなくていいから万々歳だったはずなんですよ。
そしたら、先日、中島さんっていうパートさんが足を滑らせてチョコレートのタンクに落ちて怪我しちゃったんです。
聞くと、最近、1カ月くらい休みなしで毎日12時間働いてたらしく、相当疲れがたまってたんですって。
でも、中島さんの雇い主はあくまで倉本総業だし、ウチは関係ないって思ってたら、この中島さん、いきなり、ウチの会社に
「ムチャなシフトで働かせたんだから治療費や慰謝料を払え。
じゃないと訴えてやる」
ってものすごい剣幕で怒鳴り込んできたんです。
先生、ウチは雇い主じゃないし、こんなのほっといていいですよね。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:職場における安全配慮義務
雇用契約では、雇用主は、
「賃金さえしっかり支払ってさえいれば、それ以外の義務は特段負う必要はない」
と考えるのが自然かつ素直な理屈といえます。
しかし、世の中には、労働者の生命や身体に危険を及ぼす可能性のある危険が伴う労働があることから、雇用主はこのような危険から労働者の生命や身体を保護すべきである、との考え方が広まっていました。
このような中、自動車整備作業中に車両に轢かれて死亡した自衛隊員の遺族が国に対し損害賠償などを請求した事件において、1975年2月25日、最高裁判所は、
「国は、公務員の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務を負っているものと解すべきであり、このような安全配慮義務は、ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入った当事者間において、当該法律関係の付随義務として信義則上負う義務として一般的に認められるべきものである」
旨判示し、国に対し損害の賠償を命じました。前記最高裁判例以降、雇用主は、
「賃金を支払う義務」
だけではなく、
「契約信義則から派生する付随義務として、労働者の生命及び健康等を危険から保護すべき義務(安全配慮義務)」
をも尽くさなければならない、という考えが定着しました。
その後、2007年に施行された労働契約法は第5条において
「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」
と規定し、雇用主の法律上の義務として明示するに至りました。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:安全配慮義務の更なる拡大
このような安全配慮義務は、長らく労働者と直接の雇用主の間にのみ発生する義務であると考えられてきました。
ところが、近年、
「注文者が、単に請負人から仕事の成果を受領する」
だけでなく、設例のように
「実質的にみて、注文者が、請負人所属の労働者から、直接労働の提供を受けているのと同視できる」
形式の契約も登場するようになりました。
このような産業社会の動きに対して、裁判例は、労働者保護の観点から、安全配慮義務を負担すべき主体を拡大して解釈しつつあるようです。
実際、東京地裁平成20年2月23日判決は
「1 注文者が有する設備などを用いて、
2 注文者の指示のもとに労務の提供を行う等、
『注文者』と『請負人の雇用する労働者』との間に実質的に使用従属の関係が生じていると認められる場合には、信義則上、当該労働者に対し、使用者が負う安全配慮義務と同様の安全配慮義務を負うべきである」
旨判示し、安全配慮義務を負う責任の主体を拡大しています。

モデル助言: 
吉岡製菓さんの場合、自社工場内の、自社で設置した製造ラインで中島さんを働かせていたのですから、前記の裁判例によれば、生命や身体などの安全を確保しつつ労働することができるような環境を整えるべきであったとされる可能性もあります。
具体的にいえば、チョコレートのタンクに落下防止措置を講じていたか、倉本総業のシフトをチェックして無理がないか確認していたか、ということになりますが、どうせ
「労働者に対する義務を免れるため」
の措置としてこのようなOEMをやっていたわけですから期待できないですよね。
まぁ、先方も、御社に怒鳴り込んでくるくらい元気なわけですから、たいした怪我じゃなさそうですし、早々に示談しちゃうべきですね。
金額面の折り合いがついたら、示談の当事者はあくまで倉本総業として、倉本総業経由で示談金を渡す形で和解をすればいいんじゃないでしょうか。
その際、示談の条件として、
「吉岡製菓は、法律上、道義上の責任は一切ないことを了解し、債権・債務が存在しないことを確認する」
という旨の念書を要求しておけば完璧です。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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