00174_企業法務ケーススタディ(No.0129):DM送付コストダウンのリスク

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
株式会社幸楽チェーン 代表取締役 角野 春菜(かどの はるな、28歳)

相談内容: 
先生、ウチは、
「油控えめで、あっさり中華を楽しんでいただける」
をコンセプトとしたファミレスチェーンをやっています。
それで、顧客層は高齢者の方々が多いので、お値引き企画へのご招待やらについて、電子メールで送るわけにはいかないんですよ。
電子メールだったら、通信料がほとんどかからないし、ご招待状も顧客がプリントアウトしてくれればいいから楽なんですけれどもね。
そういうわけで、ウチでは、顧客名簿に基づいて、来店利用履歴を見ながら、常連さんや、最近ご無沙汰のお客様に対して重点的に、毎回、封書でダイレクトメールを送っているのですが、ウチの顧客って数万人単位でいるでしょ?
郵送料がホントバカにならないんですよね。
そしたら、ウチの従業員が、宅急便が提供している、安いメール便を見つけてきたんですよ。
これで実際の送付コストをシミュレーションしてみたら、年間で数百万円単位で安いんですよ。
これはもうメール便にするしかないです。
ただ、メール便の利用約款には、
「信書はお取り扱いできません」
ってあるんですよ。
「信書」
ってなんでしょうか?
まあ、私的には、
「個人的なことが書いてある、秘密めいた手紙」
とかですかねえ。
ウチがお願いするのは、秘密でも何でもない、お客さん全員に出してるような広告なんだから、別に問題ないですよね?

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:「信書」に関する郵便事業株式会社の独占
国民が自分の意思を他人に対して安心確実に伝達する手段が確保されることは、近代国家においては非常に重要です。
例えば、政治批判を含む議論以外のビジネスの分野でも、競合する第三者に秘密のまま自分の意思を意図する相手へ確実に送る手段が整備されていなければ、自由な競争すら危ぶまれますから、
「安価で、安心確実に通信を行う」
ことは、重要なインフラといえます。
憲法21条2項も、
「検閲は、これをしてはならない。
通信の秘密は、これを侵してはならない」
と規定して、国民が持つ
「通信の自由」
を重視しています。
これをうけて、郵便法は、郵便事業株式会社に対して、
「総務省令で定められた料金」
のもと、法令で定められた様々なサービスの提供を要求しています。
さらに、同法79条は、サービスの提供を担保するために、
「郵便の業務に従事する者が殊更に郵便の取扱いをせず、又はこれを遅延させたとき」
について、
「1年以下の懲役又は30万円以下の罰金」
まで定めています。
そして、同法4条は、同社に法令上厳しい責任を課す一方で、通信インフラたる郵便事業が確実に実施されるように、
「信書」
の取扱いについては、一定の例外(「民間事業者による信書の送達に関する法律」による例外)を除いて、原則として同社に独占権を与えております。
他方、同法76条は、同社以外の者が
「信書」
を運んだり、同社以外の者に対して信書の送付を依頼した場合には、
「3年以下の懲役又は300万円以下の罰金」
を科しています。
要するに、
「ショボい業者が安物の郵便サービスをやると、秘密がダダ漏れしたり郵便が届かなかったりして通信に対する社会的信用が低下するので、アングラなサービスはまかりならん。
郵便事業株式会社みたいなマトモな御用達商人に全部任せろ」
ということです。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:「信書」とは
郵便法4条は、
「信書」
について、
「特定の受取人に対し、差出人の意思を表示し、又は事実を通知する文書をいう」
と規定しています。
これでは何が
「信書」
にあたるか否かがわかりにくいところですが、総務省は、
「信書に該当する文書に関する指針」
で具体例を示しています。
これによれば、ダイレクトメールは
「特定の受取人を選別し、その者に対して商品の購入等を勧誘する文書」
であるから信書に該当する、とされていますから、
「信書」
の範囲は世間相場よりも広いです。
その他の具体例としては、
「見積書、契約書」
「業務を報告する文書」
「表彰状」
などが挙げられています。

モデル助言: 
宅急便業者が提供しているメール便サービスには、軽く
「信書はお取り扱いできません」
とか書いてある程度で、まさか、自分が送ろうとしていた
「見積書」
「表彰状」
さらには
「ダイレクトメール」

「信書」
にあたるとの認識はなかったかもしれません。
しかし、刑法上、自分が例えば
「見積書」
を送っていることはわかっているが、法律を知らなかったために、自分の行為が違法でないと誤解していた場合(講学上、「違法性の錯誤」といいます。)であっても、裁判所では、
「法律を知らなかったオマエが悪い」
という扱いしかされず、処罰の対象となってしまいます。
実際、2009年に、埼玉県が、信書に該当する書類を郵便ではなくメール便サービスを利用して送付したところ、警察が捜査を開始しました。
結局、法人たる宅急便業者及びその従業員らだけでなく、メール便を利用した県、発送を担当した県職員個人までもが、書類送検されました。
最近は、宅配業者の中にも、
「民間事業者による信書の送達に関する法律」
に基づいて許可を得て、信書を扱える御用達業者も増えています。
安物を使うと、知らない間に犯罪者になるかもしれないので、要注意ですよ。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

弁護士法人畑中鐵丸法律事務所
弁護士法人畑中鐵丸法律事務所が提供する、企業法務の実務現場のニーズにマッチしたリテラシー・ノウハウ・テンプレート等の総合情報サイトです