00184_企業法務ケーススタディ(No.0139):逮捕されたら、そりゃ、普通、速攻で懲戒解雇でしょ!

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
加藤コミュニケーション株式会社 代表取締役 加藤 浩壱(かとう こういち、51歳)

相談内容: 
先生よぉ、出ちまったよ、うちの会社からインサイダー取引をやった奴が。
うちも上場企業として
「インサイダー取引やると大変なことになるから、やめとけ」
って、口を酸っぱくしていってきたし、先生の教えどおり、できるだけ早期に重要情報は開示してきた。
でも、物事には秘密にせざるを得ないものってあるでしょ。
築き上げた広告代理店事業を磐石にすべく、株価低迷中のSNSやってるしょぼいIT企業にTOBをかけたんだけど、さすがにこんな話、事前に開示できやしない。
そしたら、 TOB の実施担当者が、よりにもよって親名義で対象企業の株を購入しやがってさ。
俺が
「何てことしやがんだ!」
って怒ったら
「違うんです。ここ10年くらい株なんてしてませんし、田舎の親が偶然にも対象企業の株を買っただけなんです! 本気でインサイダーするならもっと儲けてますって!」
なんて言い訳がましいことばっかり。
で、マスコミが嗅ぎつけて新聞沙汰になるし、そいつは逮捕され、昨日はとうとう起訴で、ウチの評判だだ下がり。
不起訴ならまだしも、起訴ってことは裁判沙汰だし、ほぼ有罪ちゅうわけでしょ。
もうダメですよ。
犯罪者を雇い続けるなんてことしたら、わが社の信用は地に落ちます。
問答無用で明日解雇しますけど、OKですよね?

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:刑事上の有罪はいつ決まる?
本件では、会社がインサイダー取引の嫌疑がかかっている従業員を有罪に違いないと決めつけた上で、そそくさと解雇を行なおうとしています。
ところで、多くの企業は、就業規則上、
「“有罪”となった場合に解雇可能」
という定めを有しています。
では、いつ
「有罪」
と定まるのでしょうか。
刑事手続き上有罪となるのは、
「刑事裁判において裁判所から有罪判決が出され、上訴等の不服申し立て手続きが尽きて、有罪判決が確定したとき」
です。
逆に、誰しもが有罪と宣告されるまでは無罪と推定される、すなわち
「推定無罪」
として扱う必要があるのです(ちなみに、日本商事のインサイダー事件では、高裁と最高裁を行ったり来たりして、事件の結論が出るまで約9年間かかっています)。
世間では、
「逮捕者イコール犯罪者」
といった報道がなされます。
しかし、マスコミがどのように報道しようが、法律上は、厳然たる
「推定無罪」
の状況にあるのであり、
「有罪」
と決めつけて懲戒解雇することは、労働法上不当解雇となると考えられます。 

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:起訴休職制度の検討
それでは、企業は、懲戒解雇をすることができないにもかかわらず、逮捕されたり起訴されたりしている従業員に対して、給料を支払い続ける他ないのでしょうか?
このジレンマを解消するため起訴休職制度があります。
すなわち
「刑事裁判が確定するまで従業員としての身分を保有させながら一時的に業務から排除して、企業の対外的信用の確保と職場秩序の維持をはかり、労務提供の不安定に対処して業務の円滑な遂行を確保する」
制度です(日本冶金工業事件)。
要するに、刑事訴訟の被告人となった従業員を職場で働かせると会社の信用等に甚だしいダメージを与えるとか、従業員の間の不和を生じ職場環境が悪化するような場合、これを防ぐために白黒はっきりするまで休職させておこう、というのが起訴休職制度です。
具体的には、休職事由の1つとして
「刑事上の訴追を受けたとき」
と就業規則に定め、当該従業員を職場で働かせることの不利益等を検討した上で、休職処分をすることになります。
そして、このように
「従業員を職場に出てこさせない」
という休職処分については、一応、
「就労拒否」
の一場面として給料の支払義務の存否が問題となりますが、労働法上、
「使用者には何ら帰責事由がない以上、賃金や休業手当の支払い義務も発生しない」
と解釈されます。

モデル助言: 
まず、判決がどうなるのか不明であるにもかかわらず、マスコミ報道に乗せられて
「推定有罪」
として懲戒解雇とすることは違法です。
その上、最終的に
「無罪だった」
なんてことになると、不当解雇時からの給料プラス法定金利を支払う羽目にもなりますよ。
前述した起訴休職制度ですが、今回は、インサイダーという会社のコンプライアンス体制に大きな疑念を抱かれかねない事件が発生しています。
御社は上場企業として、また、広告代理店業務を行う上で、対外的な信用が第一といえるのですから、白黒はっきりするまでの間は従業員を休職処分とすることが可能です。
弁解を続けている件の従業員など、さっさとクビにしたい社長の気持ちも十分わかりますよ。
しかし、それでも判決が下りるまでは
「起訴休職処分」
という手続きを経るのが労働法上必要です。
先般、経済産業省でインサイダー事件の逮捕者が出ましたが、このときもいきなり解雇とはせずに、起訴休職処分としているでしょう。
休職処分自体は適法ですから、万が一後に無罪となってもさかのぼって給料を支払え、なんて話にもなりません。とにかく拙速は禁物です。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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