00188_企業法務ケーススタディ(No.0143):労災事故が起こってしまった!!

相談者プロフィール:
平成アートワーク株式会社 代表取締役 芳村 祟(よしむら たたり、31歳)

相談内容: 
先生、相談、いいですか~。
オレ、最近、お笑い番組のセットなんかを製作する会社を起業して1年ってとこなんですけど。
この前、テレビのセットなら任せてください、とかって力んで入社してきた匿井ってヤロウが、重い木材持ったまま、まだ作りかけのテレビセットの生乾きのモルタルに、まるで、お笑いの罰ゲームみたいに頭から突っ込んだんです。
で、結果が、頸椎骨折で全治6カ月。
しかも、モルタルが目に入っちゃったらしくて失明寸前らしいです。
そしたら、匿井の奴、突然、やれ治療費をよこせ、休んでいる間の給料をよこせ、挙げ句には目が悪くなったから慰謝料をよこせ、”ロウサイホケン”だか何だかで何とかしろ、なんて言い出す始末です。
このド不況で資金繰りもカツカツであちこちに頭下げて回っているのに、いい加減にしてほしいよ、まったく。
あ、”ロウサイホケン”っていったら、思い出した!
先週だったか、税理士から紹介された社労士の先生がやっきて、いきなり
「ロウサイホケン加入しなさい。
加入しないと、将来、大変なことになりますよ」
といって脅すんですよ。
起業したばっかりの会社に無駄な保険を勧めるなんてどうかしてますよ。
「あんたは、保険のセールスマンですか!」
っていって、塩撒いて追い返してやりましたよ。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:事業者に課せられる従業員の療養補償
会社を経営していると、雇っている従業員が業務中にけがをしたり、業務の内容が災いして病気になってしまったりする場合があります(場合によっては、通勤中に自動車事故に巻き込まれるといったこともあります)。
このような労働災害が発生した場合、会社は当該従業員に対し、会社の費用で必要な療養を行わなければなりません(労働基準法75条)。
また、業務中のけがなどが原因で会社を休まなければならない場合には、法律で定められた一定の
「休業補償」(同法76条)
等も行わなければなりません。
これは、
「会社は、日頃、従業員が働いてくれることによって大きな利益を得ているのだから、いざというときは従業員を手厚く補償すべきである」
という理念に基づくものです。
なお、
「何が労働災害に該当するか」
については細かい規定はなく、これまでの裁判例の積み重ねによって判断されることになりますが、概ね、
「1 業務遂行性」

「2 業務起因性」
という2つの条件が必要であるとされています。
「業務遂行性」
とは、労働者が労働契約に基づき、使用者の支配下において働いているときに負傷などが発生していることを指し、
「業務起因性」
は、業務と負傷との間に相当の因果関係があるかどうかを指します。
労働災害の認定を行っている労働基準監督署でも、この
「業務遂行性」

「業務起因性」
の2つのファクターを踏まえた認定を行っています。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:労災保険への強制加入
ところで、いざ、労働災害が発生してしまった場合、会社は、けがの具合によっては多額の治療費や休業補償等を払うことになりますが、ただでさえ人手が足りず、経営も資金繰りも厳しい会社にとってみれば、果たして“手厚い補償”をしてあげられるかどうかあやしいところです。
他方、けがをした従業員にとってみれば、会社の経営不振が理由で治療費も払ってもらえないとなれば、これまで真面目に働いてきた甲斐がありません。
そこで、労働者災害補償保険法は、1人でも従業員を雇っている事業者(個人、法人を問わない)に対し、強制的に労災保険への加入手続を行わせ、全額事業者負担の保険料を納付させることを義務づけました。
なお、故意に労災保険に加入しなかった場合や、事業開始から1年以上加入しなかった場合には、後記のとおりペナルティが課せられる場合がありますので注意が必要です。

モデル助言: 
労災保険に入ってないなんてどんだけブラック企業なんですか。
とはいえ、ケチッて労災保険に入ってなかったばっかりに、頑張ってくれている匿井さんが補償を受けられないのでは救われません。
実は、法は、
「どうしようもない企業に雇われてしまった、可哀想な従業員を助けるための方策」
として、労働災害と認定された事故に対しては、療養費用や休業補償等を支給する仕組みをとっているんですよ。
だから、とにかく、早く、労災認定をしてもらってきてください。
あ、いっておきますけど、
「これで、あぁ良かった、安心した、カネも払わなくて済んだ」
じゃ終わりませんからね。
平成アートワークさんの場合、ペナルティとして、これまでの未納保険料と追徴金(10%分)を支払わなければなりませんし、場合によっては匿井さんに支払われた補償額分を求償されてしまうことになるかもしれませんよ。
ま、社労士さんのくだりはご愛嬌として、創業したばかりなので滞納保険料の額はそんなにたまってないでしょうし、行政指導を受けていたわけでもなさそうですから“故意”と認められることもなさそうですし、また、事業開始から1年もたっていないのであれば、“過失”なしとして補償額分の求償も免除してもらえる可能性もありますね。
とにかく、早く労災保険の加入手続をすることが肝心です。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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