00200_企業法務ケーススタディ(No.0155):入社時の健康調査の限界

相談者プロフィール:
孔雀(クジャク)ホールディング株式会社 専務取締役 里目 太一(さとめ たいち、21歳)

相談内容: 
先日、ウチの会社の業務拡大のために新人を雇うことにしたんです。
一応、入社テストやったり、経歴書提出させたり。
ご存知のとおり、父から会社を継ぐ前提で人事の総責任者をやらされているんですが、このご時世、まともな人間を採用するのって、結構大変なんですよ。
それで、ウチの会社の顧問をお願いしている北野社労士の意見もあって、今回、入社希望者の全員に、指定の病院で健康診断を受けてもらうことにしたんです。
だって、最近は、入社したとたん、
「持病があるので、キツイ仕事はできません」
とか、面倒くさいことぬかす新人がたくさんいるじゃないですか。
だから、最初に健康診断を受けさせて、面倒くさいことを言いそうな奴は、選考から外そうってことにしたんです。
そしたら、先日、ウチの採用試験を受けた西山ってやつが、
「オレが落とされたのは、オレの持病のせいだろう。差別だ。損害賠償だ」
って騒ぎ出したんです。
確かに、本人に内緒で行った血液検査の結果、ちょっと、面倒な病気をもってたんで、適当な理由をつけて採用見送りにしたんです。
だって、こっちだって、健康な人間を雇いたいわけだし、まだ内定すら出してないし問題ないですよね?

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:採用の自由
企業にとってみれば、採用する人間の能力や考え方、健康状態などは、今後の人事などを考える上で最重要課題となるはずですが、“採用時”に得られる情報には限界がありますので、企業にとっての
「採用」
は、一種の“カケ”の様相があります。
それゆえ、どのような人間を雇うかは、基本的には、経営責任を負う経営者の自由な判断に委ねられるべきであると考えられています。
特に、終身雇用制という独特の雇用システムを採用しているわが国の場合、これまで本連載で何度も取り上げてきたように解雇が極めて限定されているので、企業への“入口”である採用時に、ある程度、企業側の自由を確保しなければならないという実際上の要請もあるからです。
このような、採用時における企業側の自由を、
「採用の自由」
といいます。
そして、この採用の自由は、採用を望む者との間で雇用契約を締結する自由、すなわち私的自治の中核をなす
「契約の自由」
の一部として位置付けることができ、さらには、企業の経済活動の自由のひとつとして、憲法にその根拠を求めることができます。
例えば、企業の採用の自由について争われた、いわゆる
「三菱樹脂事件」
では、最高裁判決は憲法上の採用の自由について、次のように述べています。
「企業者は、かような経済活動の一環としてする契約締結の自由を有し、自己の営業のために労働者を雇傭するにあたり、いかなる者を雇い入れるか、いかなる条件でこれを雇うかについて、法律その他による特別な制限がない限り、原則として自由にこれを決定することができる(最高裁73年12月12日判決)」。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:採用のための情報入手の可否
以上のとおり、企業には、採用する、採用しないの自由があることになりますが、前提として、採用を判断するための情報を入手することも、原則として自由であると考えられております(調査の自由)。
例えば、前記最高裁判例は、
「採用にあたって、思想や信条といった、人の能力には関係がない、内心的なことを調査し、調査の結果を理由に採用を拒絶することも、当然には違法ではない」
と判断しています。
企業にとって、健康的、継続的に勤務してもらうことを目的として、採用希望者に対し、健康診断を受けさせたり、診断書を提出させることも許容されると解されています。

モデル助言:
里目さんの会社の場合、健康診断を受けさせて、その健康状態を調査した上で採否を検討するというのは、病歴の内容いかんによっては、労働能力に影響を与えたりもしますので、ま、
「“調査の自由”を行使した」
といえなくもありません。
ただ、いくら
「調査の自由」
が認められるからといって、無制限な調査が許されるわけではありません。
本来の必要性を超えて、単に“興味本位”で調査を実施する、というのはご法度です。
病歴や持病の種類によっては、センシティブな問題をはらみます。
健康情報を調査・取得する場合、
「本人の同意」
と、調査の必要性が不可欠となります。
実際、採用にあたっての調査で、採用候補者に無断でB型肝炎ウィルス感染の調査をしたことがプライバシーを侵害するものとして、企業に対し慰謝料の支払を命じる判決が出ています(東京地裁03年6月20日判決)。
里目さんの場合、本人に内緒で検査を行っている時点でアウトです。
訴訟で敗訴しても慰謝料額自体はわずかでしょうが、たちまち
「ブラック企業」
という噂がたち、新卒採用に誰も応募しなくなりますよ。
まだ内定すら出していない段階であれば、早めに謝罪して、示談することをお勧めします。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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