00203_企業法務ケーススタディ(No.0157):雇用上の安全配慮義務

相談者プロフィール:
ねんじ質店株式会社 代表取締役 大林 利次(おおばやし としじ、71歳 )

相談内容:
先生、世間は不景気が続いているようですねぇ~。
うちの質屋にも、ちょっと前まで羽振りがよさそうだった方々が、高給腕時計やら象牙の置物みたいな高価な物を持ち込んだり。
まぁ、お陰さまで質屋は大忙しですよ。
最近は、深夜の買取りもできるように24時間営業を始めたんです。
で、今回の相談なんですけど、最近、牛丼チェーンなんかで、深夜、強盗が入って、従業員が暴行されて大ケガをしたとかっていうニュースがよくあるじゃないですか。
まぁ、牛丼屋ならたいして金目のものは置いてないし、せいぜい売上金が盗られるだけでしょうけど、うちの場合、高価な物がざくざく置いてあるから心配といえば心配なんですよ。
つい先日も夜勤の従業員から
「夜、1人で勤務していると危ないので、もう1人増やすとか、店に監視カメラ付きの高性能な防犯装置を付けてください」
なんて要望もあったんで、警備会社から見積をもらったら、これが結構高いんですよね。
でも、一応、店舗保険には入っているし、従業員には、社是として
「カネは命。
商品は命。
命に代えてカネと商品を守れ」
と教育しているから、きっと、いざとなれば体を張って商品を守ってくれますよ。
別に監視カメラがないからって質屋の免許が剥奪されたりするわけじゃないですよね?
問題ないですよね?

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:雇用契約における安全配慮義務
雇用契約というものは、労働力の提供とこれに対する賃金を支払うことを内容とする契約ですが、労働者と使用者の関係は、売買の場合の売り主と買い主のように、ある程度、継続するものなので、単純に
「労働力を提供する」
「賃金を支払う」
というだけの関係で終わるものではありません。
例えば、使用者は、従業員が安全に労働できるような諸条件を整えたりしなければならないのです。
この点、雇用契約について定める民法には、特に規定はありませんが、判例は、古くから使用者に課せられる安全配慮義務というものを認めてきました。
例えば、最高裁判所1984年4月10日判決は、宿直勤務中の従業員が侵入してきた強盗に殺害された事故について、
「会社が、夜間においても、その社屋に高価な反物、毛皮等を多数開放的に陳列保管していながら、右社屋の夜間出入口にのぞき窓やインターホンを設けていないため、(中略)そのため来訪者が無理に押し入ることができる状態となり、盗賊が侵入して宿直員に危害を加えることのあるのを予見しえたにもかかわらず、のぞき窓、インターホン、防犯チェーン等の盗賊防止のための物的設備を施さず、また、宿直員を新入社員1人としないで適宜増員するなどの措置を講じなかった場合において、宿直勤務の従業員がその勤務中にくぐり戸から押し入った盗賊に殺害されたときは、会社は、右事故につき、安全配慮義務に違背したものとして損害賠償責任を負う」
と判断し、従業員の死亡についての責任を負わせています。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:労働契約法上の規定
このような判例の流れを受けて、2008年3月1日に施行された労働契約法は、5条において
「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」
と定め、法律上の義務として、安全配慮義務を規定しました。
要するに、使用者は、労働者に対してカネを払うだけでなく、労働者が危険を感じて萎縮しながら労働したりすることのないように、また、その労働力をいかんなく提供できるように、常に、労働者の生命や身体などの安全を確保するための配慮を怠ってはならないということなのです。
最近では、従業員を危険な場所や危険な機械等から防御する、というハード面の安全配慮義務だけでなく、使用者は職場の上司によるいじめを防止しなければならない、といったソフト面での安全配慮義務が認められたりもしています(さいたま地裁04年9月24日判決等)。

モデル助言: 
確かに、質屋営業法7条や公安委員会告示第96号が定める
「(質屋に求められる)盗難予防設備」
規定では、
「堅ろうな施錠設備」

「非常ベル」
の設置等が義務付けられているだけで、
「監視カメラ」
の設置までは求められていないようです。
したがって、
「監視カメラ付きの高性能な防犯装置」
がないからといって、質屋の免許が、直ちに剥奪されるようなことはないようです。
しかしながら、犯罪の対象になりそうな高価な物を取り扱う質屋を経営しているのですから、判例上、従業員の生命や身体の安全を守るために、それに見合った相応の人員体制や、セキュリティーシステムを整備する義務があると言えますね。
にもかかわらず、お金をケチって、ろくなセキュリティーシステムがない状態で、深夜、1人で勤務させ、その結果、店に強盗が入って商品が盗られて従業員がケガをした場合、裁判例上、従業員のケガは御社で賠償しなければならないことにもなりかねません。
まぁ、儲かっているんでしょうから、後で痛い思いをしないように、早く防犯体制を見直すべきですね。
まさに転ばぬ先の杖です。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

弁護士法人畑中鐵丸法律事務所
弁護士法人畑中鐵丸法律事務所が提供する、企業法務の実務現場のニーズにマッチしたリテラシー・ノウハウ・テンプレート等の総合情報サイトです