00218_企業法務ケーススタディ(No.0173):取締役やめたのに…

相談者プロフィール:
株式会社ビッグフィッシュ 海宮 辰夫(うみみや たつお、75歳)

相談内容: 
先生どうも~。
俺も歳をとったから、世代交代かなぁと思って、去年の12月に長年営んできた釣り竿製造会社の
「株式会社ビッグフィッシュ」
を娘婿に譲って、取締役を辞任したんだよね。
取締役辞めた後はさ、湘南の家に移り住んで、の~んびり好きな釣りと料理をやって過ごしてたんだ。
それが、うちの会社で釣り竿の一部に不良品があって、大量の返品をくらっちゃったんだよね。
娘婿が泣きついてきたから、個人的に1000万円貸してやったんだよ。
それなのに突然、釣り道具屋の
「釣りの松形(まつかた)」
から俺に対して、不良品の釣り竿を返品するから、その代金300万返せっていってきたんだよ。
冗談じゃないよ~。
会社に1000万円も払ってやって、そのうえ300万円?!
第一、俺はもう取締役も辞めてるんだし、娘婿にいいな! っていってやったんだよ。
そしたら、娘婿のやつ、俺の貸した1000万円持ってどっか行きやがって、そのうえ、会社の金もすっからかん。
おまけに、会社の取締役の登記も俺のままにしていきやがったんだ。
娘かわいさに俺も馬鹿なことしたよ・・・。
とりあえず、娘婿をどうやってとっちめるかはゆっくり考えるとして、俺はもう取締役じゃないんだし、ひとまず釣りの松形に300万も払ってやる必要ないよな?

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:「登記」とは?
登記とは、不動産登記や商業登記等さまざまなものがありますが、これらの登記はあくまでも、権利関係等を公示、つまり公に明らかにするためのものであり、登記に書かれていることがそのまま真実となるものではありません。
そこで、真実会社の取締役と登記上の取締役が一致しないこともあるのです。
しかし、
「登記に書かれている事項=真実」
ではないという事実が、社会の常識となれば、登記を信じる人はいなくなり、登記の存在価値もなくなってしまします
そこで、会社法908条2項は
「故意又は過失によって不実の事項を登記した者は、その事項が不実であることをもって善意の第三者に対抗することができない」
と規定しています。
つまり、わざと、もしくはかなりうっかり、真実選任された取締役と異なる者を取締役として登記した場合、真実の取締役を知らない人に対し、本当の取締役を取締役であると主張することはできないとされているわけです。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:辞任登記の未了
ビッグフィッシュにおいて、海宮さんが娘婿に取締役を譲ったことから、本当の取締役は娘婿さんということになりますが、登記上の取締役は海宮さんのままでした。
しかし、今回のケースは、海宮さんはもともとビッグフィッシュの取締役であったことは確かですし、海宮さんの辞任登記が未了になっていたにすぎず、なにも
「不実の登記をした」
わけではありません。
そうだとすると、真実選任された取締役とは異なる者を取締役として登記した場合と異なり、既に海宮さんが取締役でないと知らなかった人に対し、海宮さんが取締役ではないと主張することはできるのでしょうか。
裁判所は、
「株式会社の取締役を辞任した者は、辞任したにもかかわらずなお積極的に取締役として対外的又は内部的な行為をあえてした場合を除いては、特段の事情がない限り、辞任登記が未了であることによりその者が取締役であると信じて当該株式会社と取引した第三者に対しても、取締役としての責任を負わないものというべきである」
としています。
つまり、今回のように辞任登記が未了であるにすぎない場合、積極的に異なる登記をした場合と異なり、積極的に海宮さんが取締役として契約に立ち会ったり、社内で依然取締役として会議に参加したりしていたなどの事情がなければ、海宮さんはすでに取締役を辞任していると主張することはできるので、海宮さんは取締役としての責任をとる必要はないのです。

モデル助言: 
海宮さんは、取締役辞任後は、湘南の家に移り住んで、釣りや料理をなさっていたとのことで、
「積極的に取締役として対外的又は内部的な行為をあえてした場合」
には当たらなそうですね。
そこで、松形さんが、海宮さんが取締役をやめていたことを知らなかったとしても、既に取締役を辞めていると主張して、取締役としての責任を否定し、300万円の支払いを拒否することができるでしょう。
もっとも、このような場合でも、海宮さんが、娘婿さんに対して、辞任登記を申請しないで真実と異なる登記を残存させることについて、明示的に承諾を与えていたなどの特段の事情がある場合には、松形さんに対し、海宮さんが既に取締役をやめていたと主張することはできず、取締役としての責任を免れることはできませんよ。
まぁ辞任した取締役には、登記を変更する権利も義務もないわけですから、うっかり登記が海宮さんのまま放置されていることを知らなかったというだけならまだ
「明示的に承諾を与えていた」
とは判断されないと思いますけど、まさか、娘婿さんに対して、
「取引先との信頼関係もあるし、取締役の登記は自分のままでもいいぞ~」
なんていってないでしょうね?!

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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