労働法の世界では、解雇権濫用の法理といわれるルールがあるほか、解雇予告制度や即時解雇の際の事前認定制度等、労働者保護の建前の下、どんなに労働者に非違性があっても、解雇が容易に実施できないようなさまざまな仕組が存在します。
映画やドラマで町工場の経営者が、娘と交際した勤労青年に対して、
「ウチの娘に手ぇ出しやがって。お前なんか今すぐクビだ、ここから出てけ!」
なんていう科白を言う場面がありますが、こんなことは労働法上到底許されない蛮行です。
そもそも、 解雇権濫用法理を定めた労働契約法16条(「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする」)からすれば、
「代表取締役の娘と従業員が交際した事実」
を解雇理由とすることは濫用の典型事例であり、解雇は明らかに無効です。
仮に解雇理由があっても、労働基準監督署から解雇予告除外のための事前認定を取らない限り、解雇は一カ月先にするか、1カ月分の給与(予告手当)を支払って即時解雇することしかできませんので、
「今すぐクビ」
というのも手続上無理。
婚姻関係が
「婚姻は自由だが、離婚は不自由」
と言われるのと同様、従業員雇用も
「採用は自由だが、解雇は不自由」
とも言うべき原則が働きます。
ちなみに、日本の社会政策的私法制度(弱者救済のため、自由主義を国家政策によって捻じ曲げているシステム)としては、
1 解雇の不自由
2 借地借家の解除の不自由
3 離婚の不自由
があります。
すなわち、
・雇用契約は自由だが、一端雇用したら、解雇は事実上不可能
・家や土地を貸すのは自由だから、一度貸したら、事実上、家や土地は、借りた人間のモノで取り上げることはほぼ不可能
・結婚は自由だが、離婚は不自由であり、もめた場合、多大な時間とコストとエネルギーを消耗する
という社会政策的な自由弾圧型法システムを確立し、弱者を保護しています。
いずれにせよ、解雇は
「勢い」
でするのではなく、法的環境を冷静に認識した上で、慎重かつ合理的に行うべき必要があります。
というより、
「採用する」
ということは、決してノリや、
「ビビっときたから」
といったインスピレーションに依拠して、気軽にすべきではなく、結婚と同じくらい、
「一旦エンゲージしたら、ちょっとたんま。やっぱり、やーんぺ、というわけにはいかない」
という前提環境をしっかい理解して、慎重に行うべきです。
また、一度採用してしまったら、基本、取り返しがつかない状態に陥っており、解消には、離婚同様、多大な時間とコストとエネルギーを要する(というか、離婚と違って、定年まで解雇ができない状況に陥る)ことを理解把握しておくべきです。
著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所
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