企業法務に、人工知能やRPA(Robotic Process Automation)を導入する、という動きが始まっています。
「法務とテクノロジーの融合がはじまった」
などというニュース等で語られる“祝詞”を聞くと、
「こういう新しい技術を用いると、法務という仕事が革新的に進化するのではないか」
と漠たる期待をもちますし、(印象だけですが)非常に夢のある話のような印象を受けます。
しかし、私は、法務は、まだ、テクノロジーと融合する段階ではなく、したがって、多くの企業は、この種の技術やテクノロジー導入に、慌てて飛びつくのではなく、もう少し状況をみてからで差し支えないと思います。
理由はいくつかあります。
法務の世界は、この種のテクノロジーを利用する前提がまだまだ整っていない状況と思われるからです。
すなわち、
「企業法務」
という業務分野は、業務の内容が整理されておらず、基準も標準もなく、ミエル化・透明化もされず、混乱し、ブラックボックス化している段階です。
こんな原始的で混沌とした業務分野については、どんなに優秀なコンピュータやAIを導入しても、業務革新はまったく前に進みません。
コンピュータであれ、人工知能であれ、これらは、
「一定の整序されたルールや法則を前提として最適な答えを探し出す」
というメカニズムが基本となっています。
しかし、業務自体が曖昧で不明確で多義的で無秩序に混乱している状態では、システムによって合理化しようとしても、システム化する以前の課題で躓いてしまいます。
現在、
「法務」
と呼ばれる企業活動は、システム化以前に、業務要件ないし業務仕様が混乱を極めており、秩序の発見や対象業務の明確化・具体化・記述化という課題の段階で足踏みしている状況です。
「人工知能を使って契約書をどのように作成するか」
という課題以前に、そもそも
「企業活動や取引活動をミエル化・言語化・文書化して記録として記述していく」
という管理活動すら十分に根付いていない企業も多く存在します。
M&Aの法務デューデリジェンスをやってみると現象として明確に理解できますが、売り買いの対象になる程度の実体を有する企業であっても、
「法務文書管理」
という課題すら満足に遂行できておらず、企業活動に関する文書は、整理秩序もなく、混沌としたゴミ屋敷の状態、といった趣を感じるところがほとんどです。
さらにいえば、そもそも
「経営陣や管理担当者において、契約書の意味や、機能的な読解すらできないほど、法務リテラシーが絶望的に欠如している」
という企業も多く、このあたりの知的基盤の改善を先決課題として対処すべきといえます。
また、別の話として、契約書作成という点については、特定の取引状況における完全解が一義的に存在するわけではありません。
意図的に、義務内容をぼかしたり、こちら側に有利になるように不公平で片面的な内容を定めたり、あえて、契約書のボリュームをサイズダウンしたり、さらに、契約書自体を作らない方が契約上有利な場合など、
「バグ」
を選択することが功利上正解となる状況もあります。
「契約書に不合理なバグを注入する」
という芸当は、人工知能にはおそらく無理でしょうし、力関係や状況を踏まえた妥協といった政治的なセンスを人工知能に期待するのも困難でしょう。
もちろん、
「あまりに退屈なルーティンや陳腐に過ぎる単純作業で、およそヒトがやるような仕事とはいえないようなくだらない雑用」
などで、明確に業務仕様が記述できるものは、どんどんAIやRPAを活用するべきだと思います。
例えば、プレシデントやテンプレートを探してきたり、契約書のモレぬけをチェックしたりする、といった、
「時間はかかるが、頭はつかないし、人間がやるにはくだらなすぎる作業」
などにはAIやRPAの導入は向いています(が、そもそも相当高いレベルで仕事をしていないとこの種の恩恵には預かれる状況とは程遠いものと思います)。
いずれにせよ、現在のほとんどの企業の法務は、
「何か先進的で高機能な仕組みやツールを導入して生産性を一挙に改善する段階」
には至っておらず、とりあえず、混沌の極みにある業務内容に秩序を与え、整理し、ミエル化・カタチ化・透明化・言語化・文書化することに着手しはじめるような、極めてプリミティブな段階といえます。
たとえ話を用いますと、日本の多くの企業の法務のレベルは、東大を志望する受験生でいうと、勉強部屋が、漫画やプラモデルやアイドルのポスターやゲームや遊び道具がいっぱい散らかってゴミ屋敷のようになっている状態です。
こんな状態のまま、予備校を選んだり、家庭教師を探したり、参考書を買いに行くことを検討する、という挙に出るのは、物事の順序を完全に間違えています。
予備校だの、家庭教師だの、参考書だのといった話の前に、まずは、混沌の極みとなっている勉強部屋を整理して、勉強する体制を整えることが先決課題です。
無論、
「勉強部屋が、漫画やプラモデルやアイドルのポスターやゲームや遊び道具がいっぱい散らかってゴミ屋敷のようになっている状態」
であっても、予備校に通い、家庭教師に来てもらい、参考書を買って、勉強して東大に合格するような人間もゼロとは言い切れませんが、あまり一般的ではありません。
いずれにせよ、
「法務とテクノロジーの融合」
の前に、
「基準もゴールもロジックもなく、あまりに多義的で、業務の内包も外延もはっきりせず、混沌を極めている法務」
の実体を、
「テクノロジーに融合・親和できる程度の論理性・秩序性」
をもたせるべく、整理・明確化することが先決課題と考えます。
最後になりますが、私も、法務がテクノロジーにより大きく進化する方向性は確信しております。
「混乱や無秩序を内包したまま、跛行的・蛇行的に、時に退嬰したり、立ち止まったりといった、不合理で無駄と空回りの多い、進歩よりも後退や停滞要素の多い、全くはかばかしくない前進」
にならないためにも、
「急がば回れ」
ではありませんが、まずは、業務仕様・業務要件を合理的に固める努力をすべき、と考える次第です。
著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所
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