00526_企業法務ケーススタディ(No.0191):「退職した従業員が、独立して、他の従業員を引き抜き ライバルとして顧客を奪い始めるケース」における紛争法務テクニック

1 事例
首都圏を中心に展開する
「小泉ビューティーサロン(以下KBS)」
は、年商20億円の中堅のエステサロン。
特徴ある新しい技法は特にないものの、相場より安価な施術料金で、オープンから10年、着実に業績を上げている。
顧客の悩みに親身に応えることを第一と考えているため、これまで顧客との間でトラブルは皆無、それが口コミでも伝わっている。
そうした好業績を受け、社長小泉一子(以下ピン子)は全国展開を実現すべく、次なる一手を画策していた。
そんな矢先だった。
開業当初から花形エステティシャンとして勤務してきた藤原紀子にこう切り出された。
「社長、これまでお世話になりました」
寝耳に水とはまさにこのこと。
チーフエステティシャンという肩書きの彼女には、今後さらに多大なる貢献をしてもらおうと考えていたのだ。
ピン子 「お世話になりましたってどういうこと!?」
紀子「もちろん辞めるってことですが」
ピン子「辞めてどうするの?」
紀子「新しいサロンをオープンさせます」
ピン子「えっ! そ、そんなお金、どこにあるの?」
紀子「そんなことご心配いただかなくても大丈夫です」
ピン子「ちょ、ちょっと待って。あなたにはこれからうちの看板として活躍してもらわなきゃ困るのよ」
紀子「ありがとうございます。
けど、わたしにもわたしの人生がありますから」
ピン子「・・・とりあえず今度話し合いましょう?」
紀子「いえ、話し合うことなんてありません。
独立する方向で話は進んでいますから」
ピン子「・・・」
何がいけなかったんんだろう?
仕事自体にはやりがいがあったはずだ。
エステのメニューなど技術面に関しては、紀子にかなりの裁量を与えていた。
社長である小泉は、彼女の提案に反対することはほとんどなかった。
給料だって、それなりのものを与えてきたつもりだ。
その2日後だった。
5人のエステティシャンがやって来た。
「わたしたち、今月限りで辞めさせていただきます」
「はっ?」
「新たな第一歩を踏みだそうと思っています」
「まさか・・・、まさか藤原さんと新しいお店を始めるっていうわけ?」
「辞めてからのことについてお話する義務はないと思いますが」
答えは明白だった。
現場のトップである藤原が部下を引き連れて、独立するのだ。
あんたたちをここまで育ててやったのは誰だと思ってるの!
恩を仇で返すような仕打ちだ。
優秀な人間たちが一度に辞められては死活問題だ。
小泉は歯噛みした。
すぐさま藤原を呼んだ。
「ちょっとどういうこと? 自分のやってること、わかってるの? 何が不満なの? お給料? もっと欲しいっていうなら考えるわよ! 仕事だってあなたの好きなようにやらせてるじゃない! どういうことかちゃんと説明してよ!」
思わずヒステリックな物言いになってしまう。
「大きな不満はありません。ただ自分の力を試してみたいと思っただけです」
「じゃあ、自分ひとりでやりなさいよ!」
「そう言いますけど、そもそもこのサロンを開業するときだって、社長はわたしを無理やり引き抜いたじゃないですか」
「それとこれとは話が別よ!」
「いずれにしても引き留めようとしてもムダですから。彼女たちもわたしと同意見です」
「あんたたち覚悟しておきなさいよ!」
こんな捨てゼリフを吐くのがやっとだった。
辞めてしまうのは仕方がない。
現存の勢力で立て直すしかない、と一生懸命気持ちを入れ替えようとするのであった。
藤原たちは辞めていった。
辞めてすぐに新しいサロンをオープンさせたこと、オープンに際しての資金はある有力なスポンサーからであることなどが、どこからともなく耳に入ってきた。
聞きたくもないが、なかなか盛況であるともいう。
彼女たちのサロンが業績を伸ばすことに反比例して、KBSの業績は落ちていった。
リピーターがガクンと減っているのだ。
藤原たちに顧客を根こそぎ持っていかれたことは自明だった。
今、小泉は数店あったサロンを次々と閉鎖している。
活気のないサロンに、質の低いエステティシャン・・・、もはや
「斜陽エステサロン」
となってしまった。
このまま行けばフェードアウトは確実。
「あんたたち覚悟しておきなさいよ!」
と叫んだ本人が、覚悟せざるをえない状況にあった。
果たして彼女、何がいけなかったんだろうか? 
何か打つべき手はあったのだろうか?

以上のケースを前提として、交渉や裁判を用いた打開策、すなわち、具体的な法的措置について検討してみます。

2  はじめに ―紛争法務技術の限界について―
よく、企業経営者で、
「ウチの顧問弁護士はすごい。
先生は非常に優秀で、この先生に頼んで負けたことがない」
と自慢される方がいます。
ですが、ある程度優秀な弁護士は、皆、
・ 判決にまでもつれ込むのは、訴訟上の和解交渉の失敗であり、
・ 訴訟にまでもつれ込むのは、裁判外交渉の失敗であり、
・ 裁判外交渉にまでもつれ込むのは、予防法務の失敗
というテーゼを知っています。
しょっちゅう裁判沙汰になって勝訴している企業とは、このような3回の失敗を延々と繰り返している企業であり、学習能力がなく、非効率なリスク管理をしている組織といえます。
きちんとした合意書を作らないまま、相当程度のリソースをつぎ込んでビジネスを進行させ、失敗してロスが出た途端、
「先生、友達の社長のAからの紹介で来たんだけど、裁判に強いんだって?
弁護料たんまり払うから、なんとか落とし前つけてやってよ」
なんて感じのお客さんがたまにいらっしゃいます。
こういうお客さんに対して
「わたしもこんな奴は許せませんねえ。
絶対勝ちましょう!」
とか応じ、ポジティブな見通しを共有しちゃうのは三流以下の弁護士です。
一流の弁護士は、まず、なぜそういう事態に陥ったのかをきちんと分析し、二度と同じようなトラブルに見舞われないよう、クライアントを啓蒙することを第一義とします。
その上で、今回の件については
「大きな契約において適切な予防法務を講じなかったことが原因で、トラブルの場面で自らの法的立場の正当性を説明できない状況に立っていること」
をきちんとクライアントに理解させ、客観的にみて相当程度敗訴のリスクがあることを伝え、そのような不利な環境の中、和解に至るまでの現実的な戦略を冷静な観点で描き、これをわかりやすく提示していくものです。
顧問弁護士がいながら、その弁護士を予防法務のために用いることなく、顧問弁護士に紛争処理ばかり依頼している企業とは、
「優秀な侍医がいるにもかかわらず、クスリの処方や健康管理の助言を頼まず、暴飲暴食して、調子が悪くなったら手術をして体を切り刻んでばかりいる」
ような人と同じです。
商事裁判例は星の数ほどありますが、これは、見方を変えれば予防法務を怠ったダメな企業の標本ともいえます。
「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」
などといいますが、顧問弁護士を対症療法の道具としてアドホックに使うのではなく、豊富な紛争経験値を基礎にリスク予防を構築するアドバイザーとして活用すべきです。
予防法務をロクにやってなかった企業の主張を裁判所で通すなんて所詮無理がありますし、無理を通して道理を引っ込めるほど裁判は甘くありませんので、紛争法務にあまり過度な期待をしないことです。
むしろ、現実的な
「落としどころ」
を戦略のゴールとして冷静に把握して、そのために効率的な手段をなるべく多く抽出し、冷静に評価し、賢明に選択し、果断に実行し、相手の出方を窺いながら、可変的に対応していくこと(ゲーム・チェンジ)が重要です。

3  ゴールの設定
戦略を立てるには、現実的なゴール設定が必要です。
どんなに緻密な戦略もゴールの設定を間違えてしまうと、あり得ないゴールを追い求めて無駄で非効率なことを永遠に続ける結果に終わります。
今回のKBS事件については、
「ノウハウや顧客リストの使用や従業員の引抜き問題について、藤原紀子が確立したノウハウ・顧客リストの使用や藤原紀子が連れてきた従業員の引抜きは認めるが、それ以外の使用・引抜きについて止めさせるか、一定の金銭支払を条件として認める」
というのがもっとも現実的なゴールとなると思われます。
無論、藤原紀子が非を認めて、自主廃業したり、こちらが要求した多額の賠償金を支払ってくれる可能性は否定しませんし、そうなれば儲けものです。
しかし、これはあくまでうまくいった場合の話。
相手も馬鹿ではないでしょうし、当然弁護士を選任してくると思いますので、楽観的な見通しは禁物です。

4、 戦略
次によりよいゴールを達成するための戦略を考えます。
紛争法務戦略構築は、法律知識だけでは対処できないもので、相手の心理や状況に対する想像力の豊かさがポイントになります。
この手のノウハウは、無論、東大でも司法研修所でも教えてくれませんし、法廷に立ったことがなく行政書士みたいな仕事だけで食べておられる予防法務専門弁護士の方々もあまりご存じない領域です。
この戦略構築能力は、修羅場での豊富な経験と、ユニークな経験を汎用的なロジックに昇華させる理論的頭脳の両方があってはじめて習得できるような極めて属人的なもので、弁護士の価値を決める根源的な能力といえます。
KBS事件を解決するための戦略として、もっとも重要なファクターは、藤原紀子は起業直後である、ということにあります。
起業直後でキャッシュが豊富なんていう会社はないはずです。
とくにエステなんてのは、お客さんに夢を売る商売ですから、見栄えが勝負です。
手元にキャッシュを残すくらいなら、とにかくカネをかけて内装やパンフレットやユニフォームなんかをゴージャスにすることでしょう。
どんなスーパーカーもガソリンがないと走らないのと同様、どんな優秀な弁護士が近くにいても適正な報酬が支払えなければ、筋のいい事件でも解決してもらうことはできません。
ですので、勝訴できるだけの材料がなくても、不当訴訟とか難癖つけられないだけ材料さえあれば、カネのない相手にどんどんアクションをしかける、というのは有効な戦略となります。
「主張上はともかくも証拠上は勝ちが微妙な事案」
でも、裁判になった場合には、相手が優秀な弁護士を頼めず、降参して和解してくれた、なんてシナリオも十分描けるはずです。
それに起業間もない藤原は、従業員の掌握も不十分なはずです。
従業員も、会社や自信の将来に不安をかかえていることでしょうし、恩義ある小泉を裏切ってわずかばかりの勤務条件のよさにつられて藤原についてきたことによる後ろめたさも少しはあるはずです。
こういう不安定な組織において、法人ではなく、従業員個人全員をターゲットに法的アクションをしかけるという方法も有効です。
裁判とか弁護士とかに縁のない従業員個人が、弁護士名の内容証明や裁判所からの訴状を受け取ったら、かなり具合が悪くなることは想像に難くありません。
相手方従業員としては、
「相手方の主張を裏付ける客観的証拠は乏しいから、裁判で勝訴できるはずだ」
と見極めるまでもなく、書いてある主張内容が理路整然としていれば、自分で弁護士に相談する前にあっさりこちらと和解して、もどってきてくれることだって考えられます。
藤原としては、自分や会社にしかけられた法的アクションでさえ対応に苦慮しているところ、従業員個人にしかけられたアクションまでフォローできるような経済的、精神的余裕は乏しいでしょう。
従業員サイドから藤原に対して
「あんたの口車にのったらひどい目にあった。とにかくあんたの金で弁護士つけてよ」
なんて突き上げは当然出てくるでしょうし、そんな突き上げに対してまともな対応できないとなると、藤原にとっては命取りになります。
危機に対応できないリーダーを見限って従業員は離反し、立ち上げ間もない藤原の組織は瞬く間に崩壊します。
このように、カネにものをいわせて従業員個人に法的アクションをしかけ、藤原と従業員との間における未熟な信頼の絆に、ガンガン楔を打ち込むというのは、有効な戦略になるといえます。

5 内容証明郵便の出状
紛争法務を実施する上で、いきなり訴訟を提起するのではなく、たいていの弁護士は、まず内容証明郵便による通知書を送ることを行い、裁判外交渉による解決を模索します。
内容証明郵便とは、いつ(確定日付)、だれが、だれに、どんな内容の文書を出したかということを、郵便局が証明してくれる郵便で、後日の紛争の証拠として非常に役立つものです。
内容証明郵便を出す際には、いろいろ注意点があります。
(1) 配達証明付にすること
まず、必ず配達証明を付けるようにしてください。
日本の民法では、意思表示は到達主義としているので、
「損害賠償を支払え」
等の意思表示も到達しないと、さらにいえば到達したことを証明できないと意味がありません。相手に配達証明つき内容証明が配達されれば、
「上記郵便物は20XX年YY月ZZ日に配達されたことを証明します。」
というハガキ(郵便物配達証明書)が、内容証明郵便の通知人に届きます。
(2) 求める趣旨を明確に
次に、意思表示の内容を明確にしてください。
カネを払ってほしいのか、ある行為をやめてほしいのか。
カネを払ってほしいなら、いくら払ってほしいのか、いつまでに払うのか、振込なのか現金持参なのか、払わなかったら利息はどれだけか。
この点が明確になっていないと、法律上の意思表示をしたことにはなりません。
よく素人さんの内容証明や一部の弁護士さんの内容証明をみていると何を求めているかわからないものがあります。
こういう意味不明の内容証明を出すと、能力が低いとみられ、受け取った相手は
「この程度の内容証明しか書けないヤツが訴訟を起こすわけがない」
とタカをくくり、かえって交渉上不利を招きます。
その意味でもこの種の通知書は法的根拠に基づききっちりとした書き方をする必要があります。
(3) 回答期限を切ること
最後に、回答期限や支払期限を欠落した内容証明というのもよくみかけますが、非常に間が抜けた感じがします。
応答期限を区切り、それまでに応答がなければ、裁判を受ける権利を行使せざるを得ない旨書かないと、受け取った相手方も放置しても何のデメリットもないので、先送りしよう、ということになりかねません。

6 裁判外交渉
小泉ピン子さんとしては、弁護士を付けて、上記のように内容証明を藤原や従業員に送付しました。
その場合、相手も弁護士を付けてこれに応答し、裁判外交渉が開始される場合があります。
ただ、裁判外交渉においては、注意点があります。
裁判外交渉と裁判の違いは、
(1)相手方の対応による解決が長引く可能性があること
(2)不調の場合時間が無駄になること
です。
すなわち、裁判になると、だいたい1カ月単位で期日(裁判所に当事者が出頭し、判決に向けた争点の整理や和解を行う手続を行う日)が入るので、あまりズルズル引き延ばしすると、その間に裁判所が争点を整理して証拠調べをして判決という形のペナルティを与えて強制終了してしまいます。
ところが、裁判外交渉ですと、引き延ばしにペナルティはありませんし、相手方にやる気がなければどんどん解決が長引きます。
また、裁判外交渉は、和解という一種の契約の締結が交渉のゴールになります。
当然ながら、和解は契約ですので、こちらがどんなにフェアな提案をしても相手方が承諾しない限り解決は不可能です。
最後の最後で、ちゃぶ台ひっくり返されてもかけた時間が戻ってきませんし、訴訟提起で最初からやり直しになります。
以上のとおり、裁判外交渉が有用なのは早期の解決の見通しが立つ場合ですので、不調の見極めを行い、解決が困難であればすぐに訴訟に移行する必要があります。

7 仮処分
小泉ピン子さんとしては、例えば、
「競業してはならない」
とか
「もちだした顧客名簿を使うな」
等を求める裁判を提起することが考えられますが(そもそもそういう権利があるのかという問題については一応おくとしておきます)、1年とか1年半かかってようやく勝訴してもその間に藤原にバンバン金儲けされたのでは話になりません。
そういうときのために、仮処分という手続があります。
これは、
「債権者(小泉ピン子さん)の言い分が正しいかどうかわからないけど、とりあえず、一応の言い分らしきもの(疎明といいます)があれば、裁判が確定するまでの間債権者の言い分どおりのことを債務者(藤原)に仮に命じておいてあげましょう」
という趣旨の手続です。
この手続の利用については、知っておくべきポイントがあります。
この手続は、建前上は、仮処分は暫定的な手続であるので速攻で判断してくれるということになっていますが、これをそのまま額面どおり受け取ると、エライ目にあいます。
実際は仮処分のうち審尋を経るもの(債務者からも言い分を聞く手続で、審尋事件などといいます。上記仮処分はこれにあたります)は、正式裁判並にタラタラ進むものが多いのが実情です。
ただ、この審尋事件の場合、双方の言い分を聞く中で、裁判所が和解の音頭を取ってくれることもあるので、早期に和解が見込めるような事件の場合、いい結果が得られる場合があります。

8 訴訟(本案訴訟)
訴訟の場合、原告にとって一番負担となるのは、時間と費用です。
最近ではずいぶん改善されたとはいえ、やはりちょっと経過がややこしい紛争になると、裁判に1年以上かかるのは珍しいことではありません。
それと、裁判所に過度の期待は禁物です。
裁判所といえば、
「すごく優秀な人がなんでもお見通しで正義と公平を実現してくれるところ」
という印象をもっておられる方が多いのですが、これは間違いです。
裁判官も公務員で、公務員は文書や客観的事実と法律に基づいてしか権利を認めてくれません。口でいくらワーワー叫んでも、肝心な文書がないと、
「主張を裏付ける証拠がない」
として契約の存在を認めてくれません。
裁判官のアタマの中での社会常識(これを業界用語では、「経験則」といいます)では、
「普通の人は重要な約束をしたら文書を取り交わすはずであり、主張している約束を記した文書がないということはそもそもそのような約束がなかったか、あるいはいまだ法律的な意味での約束にまで至っていなかった」
という定理が支配しています。
小泉ピン子さんの場合、すでに述べたような予防法務の措置を取らず、口でワーワー言うタイプの訴訟を展開するとなると、和解不調で判決ツモの状態にまで至るとなると、相当厳しい結果を予測しなければなりません。
ただ、裁判官といってもタイプはいろいろで、中には、和解を斡旋してくれるような裁判官もいます。
藤原側としても、独立をしようという前途洋々な時期に、いきなり裁判沙汰ではケチがつきますし、そういう悪い噂はすぐに広まるのも不愉快なことでしょう。
前述のとおりこういうトラブルを抱えてしまうと、周囲の応援者が離れていくような事情に発展することも勘案し、純法律的理由以外の理由で和解に応じる可能性もあります。
以上のとおり、和解の期待もあるので、訴訟を提起する意味もあります。

9 相手方への攻撃方法
以上のような手続の相手方として個々の従業員もターゲットにするときのポイントを述べていきます。
こういう場合、相手方をひとまとめにした方が、コスト(内容証明の郵便代や訴訟費用や弁護士費用)はかからないのですが、状況によっては、相手方をあえてひとまとめにせず、個別に手続を展開した方がいい場合もあります。
というのは、相手方をひとまとめにすると、相手方も結束し、弁護士費用をシェアして弁護士を立てやすくなります。
ところが、単独の相手方毎に攻撃をしかけ、個々に和解や職場復帰させる等により解決し、和解等の際にその解決内容を保秘させることをしておけば、相手方が結束することが防げ、こちらが優位に進められる可能性がでてきます。
すなわち、
「分断して各個撃破せよ」
みたいな形で個別交渉によって相手方陣営を切り崩す方法です。
本件では、藤原陣営がわりとこぢんまりまとまっており、従業員相互間に意思疎通があり、個別に内容証明等を出してもすぐに結束してしまう場合には、やたらコストがかかるわりに結局全員から委任を受けた弁護士が出てくるだけで意味がありません。
ですが、相手方の意思疎通が十分でなかったりする場合には有効な場合もあります。
さらに相手方の状況を推察するに、そもそも引き抜かれる側の人間は、独立に対するモチベーションはそれほど大きくありませんし、居残るか、出ていくかを天秤にかけた際、どちらが得かを再考するチャンスを与えれば気持ちに変化が現れることも十分あり得ます。
「弁護士マターになったり訴訟になるくらいだったら、私、恩義ある小泉ピン子さんのところに戻る」
みたいなメンタリティーがいまだ従業員サイドに残っている場合には個別の内容証明により、出ていった5人のうち3人が帰参し、これによって藤原陣営が瓦解に至る、なんてシナリオも考えられます。

10 まとめ
◆ 競業して顧客を奪うような形でケンカをふっかけられたら、ただちにアクションを起こすこと
相手の体制が整わないうちに、どんどん攻撃を仕掛けるのは、
「先手必勝」
の戦理に適いますので、純戦略上有益です。
◆ アクションを起こす際には、アクションの種類、相手方の範囲・選定を、戦略的視点から考察するべき
◆ アクションの随時展開・逐次展開は、相手方の結束を招き、せっかくの準備が無駄に終わる可能性がある
やるなら、一気呵成に、各個に同時にアクションを起こすこと。
殴り合いにおいて、準備して根性入れて、先手を取った方が勝つのと同様、訴訟や紛争は、カネと弁護士を大量に注ぎ込み、すばやく展開した方が優位に立つ場合があります。
◆ 今のご時世、顧問弁護士なしで商売するのは危険
商売に理解があり、予防法務に長けていることはもちろんのこと、いざとなったら、すばやく、効果的なケンカもできる優秀な弁護士を知恵袋として雇っておくこと。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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