00540_相手方の属性・心理的状況や経済的状況を勘案した紛争法務戦略構築テクニック

紛争法務戦略構築は、法律知識だけでは対処できないもので、相手の心理や状況に対する想像力の豊かさがポイントになります。

この手のノウハウは、無論、東大法学部でも司法研修所でも教えてくれるわけでもありませんし、法廷にあまり縁がなく行政書士みたいな仕事だけで食べておられる予防法務専門弁護士の方々も、ひょっとしたら、あまりご存じない領域かもしれません。

この戦略構築能力は、修羅場での豊富な経験と、ユニークな経験を汎用的なロジックに昇華させる理論的頭脳の両方があってはじめて習得できるような極めて属人的なもので、弁護士の価値を決める根源的な能力といえます。

無論、私も、かれこれ弁護士生活20年を超えましたが、このあたりの研究や実務経験はまだまだで、現在も、いろいろ模索中です。

ここで、美容やエステといった消費者向けサービス事業を展開する会社を退社し、独立し、その後、従業員多数を引き抜いて競業を始めた、元役員が経営する会社を訴えるケースを考えてみましょう。

起業直後でキャッシュが豊富なんていう会社はないはずです。

美容やエステとなると、お客さんに夢を売る商売ですから、見栄えが勝負です。

手元にキャッシュを残すくらいなら、とにかくカネをかけて内装やパンフレットやユニフォームなんかをゴージャスにすることでしょう。

どんなスーパーカーもガソリンがないと走らないのと同様、どんな優秀な弁護士が近くにいても適正な報酬が支払えなければ、筋のいい事件であっても解決してもらうことはできません。

ですので、完全に勝訴できるだけの決定的な材料がなくても、不当訴訟とか難癖つけられないだけの根拠や材料さえあれば、カネにモノを言わせて、カネのない相手にどんどんアクションをしかける、というのは有効な戦略となります。

「主張上はともかくも証拠上は勝ちが微妙な事案」
でも、裁判になった場合には、相手が、訴訟に対応するだけの経済的余裕がなく、優秀な弁護士を頼めず、降参して和解してくれた、なんてシナリオも十分描けるはずです。

それに起業間もない元役員は、辞めて引き抜いた従業員の掌握も不十分なはずです。

従業員側も、会社や自信の将来に不安をかかえていることでしょうし、裏切ってわずかばかりの勤務条件のよさにつられて辞めた新ボス(元役員)についてきたことによる後ろめたさも少しはあるはずです。

こういう不安定な組織において、法人ではなく、従業員個人全員をターゲットに、
「顧客リストを持ち出した」
などの理由で、法的アクションをしかけるという方法も、
「純戦略上」
は、極めて有効となる場合があります。

裁判とか弁護士とかに縁のない従業員個人が、弁護士名の内容証明や裁判所からの訴状を受け取ったら、かなり具合が悪くなることは想像に難くありません。

辞めて引き抜かれた個々の従業員 としては、いきなり内容証明だの訴状だのが自宅に送りつけられてきたら、
「相手方の主張を裏付ける客観的証拠は乏しいから、裁判で勝訴できるはずだ」
と見極めるまでもなく、書いてある主張内容が理路整然としていれば、自分で弁護士に相談する前にあっさりこちらと和解して、もどってきてくれることだって考えられます。

新ボス(元役員)としては、自分や会社にしかけられた法的アクションでさえ対応に苦慮しているところ、従業員個人にしかけられたアクションまでフォローできるような経済的、精神的余裕は乏しいでしょう。

従業員サイドから辞めた新ボス(元役員) に対して
「あんたの口車にのったらひどい目にあった。とにかくあんたの金で弁護士つけてよ」
なんて突き上げは当然出てくるでしょうし、そんな突き上げに対してまともな対応できないとなると、 新ボス(元役員) にとっては命取りになります。

危機に対応できないリーダーを見限って従業員は離反し、立ち上げ間もない辞めた新ボス(元役員) の組織は瞬く間に崩壊します。

このように、カネにものをいわせて従業員個人に法的アクションをしかけ、 辞めた新ボス(元役員) と従業員との間における未熟で脆弱な信頼の絆に、ガンガン楔を打ち込むというのは、有効な戦略になるといえます。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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