「敵を知り、己を知れば百戦危うからず」
とは孫子の兵法でも有名な一節ですが、これは訴訟対策にもあてはまります。
すなわち、訴訟対策を行うためには、敵を知る必要があります。
裁判沙汰となる紛争に発展した場合、敵は何を考え、どう行動しようとするのか、具体的考えていきましょう。
ここで、通常、
「敵」
というと訴訟の相手方、訴訟の相手方を思い浮かべますが、裁判において
「敵」
として注意しなければならない存在はこれだけではありません。
弁護士は、訴訟の相手方だけでなく、裁判所も
「場合によっては自分に不利な方向で事件をさばく可能性があるという文脈において敵である」
という認識の下、漫然と裁判所を信頼することなく、その動きを注視し、手続の方向や心証の動きをきちんとみておくべきであり、そうしないと思わぬところで足をすくわれます。
すなわち、裁判というゲームにおいて、生殺与奪の鍵をもっている裁判所であり、その裁判所が判断の基礎を置く法律や判例というのが、訴訟の相手方以上に危険かつ厄介な存在であり、もっともケアしなければならない存在です。
かなり前のことになりますが、ノーベル賞も取った某大学教授とその教授が所属していた企業との発明の対価をめぐる東京高裁での紛争がありましたが、その和解直後、当該教授は記者会見において
「日本の司法は腐っている」
などとかなり激しく怒っておられました。
この教授は、おそらく、
「裁判所が敵となる場合」
という状況を想像せず、
「自分たちの言い分を、常にきちんと聞いてくれる味方である」
という勝手で強固な思い込みをしておられたのであり、だからこそ
「裏切られた!」
という感情が強く出たのでしょう。
プロの訴訟弁護士からすれば、司法の判断が裁判所毎に変わったり、世間の常識とまったく逆の経験則でありえない事実を認定したり、明らかに条文の解釈や法的安定性を無視した判断を裁判所が平然とすることなど日常茶飯事です。
したがって、裁判所が常に正しい訴訟運営と事実認定をするとは限らず、むしろ逆の事態を発生しうるリスクとして頭に入れておくべきです。
「定数問題において、投票の価値が1 : 1でなくても平等原則に反しないなんてことを平気でいったりする権力機関」
からすれば、発明の価値を200億から数億円程度に減じることなど
「たいしたこと」
のうちに入りません。
その意味では、例の大学教授は、こういう事情を弁護士からきちんと説明を受け、訴訟の帰趨に対する期待値を適切な水準にまで下げていれば、あのように取り乱すこともなかったと思われます。
今でこそ、裁判所や裁判官ってなんとなく上品で紳士的なイメージがありますが、法を解釈したり事実の存否を認定できる権力って、実はこの社会においてもっとも強大で危険でヤバいものです。
裁判所は違憲立法審査権という権力をもっていますが、これは、
「不透明な選任過程で選ばれた、見たことも聞いたこともない15人の地味な老人」
が、選挙で選んだ議員が喧々諤々の議論の末決めた法律や、民主的基盤を持ち営々と行ってきた行政府の行為を、
「独自の憲法観に合わない」
という理由だけで、吹っ飛ばせるパワーですから、十分ラディカルな権力といえます。
いずれにせよ、本件ににおける訴訟対策を考える上で、原告・債権者、それに裁判所や裁判所がこの種の問題でどのような判断を指向するか、という点をきっちり把握しておく必要があります。
著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所
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