00585_英文契約書のドラフトを受け取った場合の認知・解釈課題の対処手順

英文契約書のドラフトを受け取った場合、企業ないし企業法務部において、どう対応していいかわからない、という悩みをもつ状況が生じることがあります。

特に、
海外法務の経験がない、
あるいは、
海外法務については、深く考えず、見よう見まねと、知ったかぶりで法務対応をしてこれまでやり過ごしてきた、
といった方々にとっては、不安と悩みの尽きない対応課題です。

こういう場合、まずは、因数分解的に、不安の根源を分類し、特定することが有効です。

「見えない敵は討つことができない」
という言葉がありますが、英文契約書の対応課題云々という行動選択課題の前に、まずは、認知課題をクリアする必要があります。

すなわち、相手方やドラフトにどのように働きかけるか以前の問題として、目の前の英文契約書をしっかり理解把握できていない可能性がありますが、まずは、これを克服する必要があります。

英文契約書の認知課題として、いくつかのレベルに分類されている不安や悩みが生じるものと考えられますが、これには、

1 言葉の壁:(外国語で書かれてあるため)言葉がわからず、何が書いてあるかわからない
2 意味の壁:(言葉はわかるが)意味がわからない
3 演繹的推論の壁(解釈の壁・言葉の意味はわかるが、話がよく見えない):(言葉や意味は理解できるが、概念や状況の意味を論理的に推定把握したり、合理的な展開予測をする、といったスキルが欠如しており)言葉の意味する状況や環境を具体的にイメージして理解したり、展開予測をすることができない
4 帰納的把握の壁(実感の壁・話はわかるが、自分の身に置き換えた形で、具体的に体感することができない):(言葉や意味はわかるし、状況や環境も理解できるし、状況や環境が我が身に及ぼす影響も解釈し一定の理解はできているが、経験を前提として理解できる事柄について経験がないため)理解したり、イメージしている事柄が、実務経験上あるいは現実的相場観として、具体的に生じうるのか、確認してほしい

と、段階的に分類されるべき各要求課題が看取されます。

まず、1のレベルの課題は絶対クリアすべきです。

意味がわからない、
展開予測ができない、
ダメージ推定が不能、
さらには、
校正をこうしたい、
カウンタープロポーザルをああしたい、
といった遠大な将来課題を議論する前に、まずは、言語の壁を乗り越えるべき必要があります。

そして、英文契約書の対処課題で途方に暮れてしまう担当者は、たいてい、1のレベルがしっかりとできていないにもかかわらず、いきなり校正や修正提案をしようとして、基本的なところや、構造的な部分において、大きな漏れや抜けを生じさせてしまいがちです。

1に関してですが、単純な話、契約書の和訳をすればいいだけです。

この課題は、あまり専門性を要求されない反面、誤訳や言語のチェックなども含めますと、膨大なルーティン遂行負担が生じ、多大な時間や労力という資源が投入されてしまいます。

企業によっては、この1の課題について、内製化したり、外部専門家に依頼するところもありますが、実務担当者にとっても、外部専門家にとっても、本来の能力を無駄に費消することになりかねません(なお、中小零細企業の多くが、費用や時間や手間を惜しみ、あるいは課題の重大性を無視ないし軽視し、1のレベルの課題すら懈怠し、内容や意味はおろか、言葉すら把握しない文書に署名して、自らを重篤なリスク状況に陥れる愚劣な行為に及ぶところが少なくありません)。

したがって、1の課題については、信頼関係が構築でき、守秘義務契約その他情報漏えい防止措置も整えた専門翻訳業者にアウトソースしてしまった方がはるかに安上がりです。

その上で、(一定のスキルある翻訳業者により適切に)和訳された英文契約書を読んでもなお、意味がわからない、論理的解釈が不能である、状況が具体的に推定できない、といった2以下の課題を特定し、そこに、社内法務人材や外部の顧問弁護士といった高単価のリソースを投入していくべきと考えられます。

なお、このような
「対応課題云々という行動選択課題の前に、まずは、認知課題をクリアする必要がある」
という実務手順は、和文の契約書でも同じであり、英文との違いは、前記1の課題がクリアされている点だけで、他の2以下の認知課題は、クリアすべき課題として存在します。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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