企業不祥事の多くは、
「法的リスクを、内容やその重大さや発生の蓋然性を、完全かつ正確に認識しながら、そのリスク管理に失敗して、大きなトラブルに発展した」
という経過を辿るわけではありません。
企業不祥事の大半は、
「法令やリスクの存在をそもそも知らなかったり、あるいは知ったかぶりや楽観バイアスが働いて正しく知ることができなかったり、知っていてもその重大性や発生蓋然性を正しく評価できず、それゆえに、管理という意識すら働かず、リスク管理不在のまま、慌てふためいて、手を拱いて呆然としている間に、あれよあれよという間に、リスクが露見し、成長し、一気に巨大化する」
というのが典型的なパターンといえます。
法的リスクがひとたび現実化した場合、もちろん、そのすべてが企業崩壊に結びつくとまではいいません。
しかし、
「大事を小事に、小事を無事に」
といった形で損害を抑止ないし軽減し、さらには、再発防止の仕組みを構築・運営し、原状に復するところまで改善するには、多大な時間とコストとエネルギーが必要となり、企業活動に対して極めて大きな悪影響をもたらします。
他方で、
「予防は治療に勝る」
という医療の格言は、法的リスク管理にもそのまま当てはまります。
すなわち
「法的リスク」
については、リスクの存在や内容や軽微の程度を正確に認識し、発生の蓋然性を計測・評価し、リスクを転嫁する、回避する、小さくする、事業の形を変えることによってリスクそのものの前提を消失させる、といった正しい管理を行えば、十分制御は可能なのです。
ヒトは必ずミスを犯しますし、日々企業の中には、エラーが発生します。
一つひとつのミスやエラーはたいしたものではありません。
しかし、同じミスあるいは似たようなエラーが発生し、それが是正されず、恒常的なものとなり、構造的なものとなります。
構造的なミスは、必ず、現実化し、巨大化します。
構造的なものから発生したミスはちょっとやそっとでは断ち切ることはできません。
それは、降りのエスカレーターを登るようなものです。
ミスやエラーは、やがて、リスクになり、事件になり、存立危機の事態に発展していきます。
ところで、些細なミスやエラーを発生したとき、人はこれをどう捉えるか?
おそらく、一定の社会性と常識と同調性を有し、普通のコミュニケーションが通じ、SPIテストや就職面接をきちんとクリアした、一般的で平均的なサラリーマンの方々にあっては、ギャーギャー騒ぎ立てる人は稀です。
見て見ぬふり、
惻隠の情、
事を荒立てない、
武士の情け、
無関心の礼儀、
といった美しい言葉があるとおり、そっとしておくのが常でしょう。
特に、利己的な動機による不正であれば格別、会社の利益や、部署のノルマ向上改善につながるルールの無視ないし軽視は、賞賛されるかもしれません。
また、人には、正常性バイアスや楽観バイアスといった、認知の歪みが備わっており(常識的な生活を送っている社会人は、ある種、生来的な認知症に罹患している軽度の病人ともいえます)、エラーやミスをみても、認知すらしない、ということもあります。
そんなこともあり、ミスやエラーが発生しても、誰も気づかないし、気づいても指摘しないし、そうやって、どんどん企業内に、恒常的に構造的にミスやエラーやそれが生じる土壌が形成されていきます。
知らないもの、気づかないもの、気づくべきであっても異常を異常と検知できなければ、直しようがありません。
不安に感じてください。
危険を感じてください。
ヤバイ、と思ってください。
それが、危機予防実務としてのコンプライアンスや内部統制を推進する第一歩です。
そして、その根源的前提認識として、
「人は、生きている限り、法を守れない」
「人の集合体である企業もまた、存続する限り、法を守れない」
という現実的な認識に立って、全てのシステムを構築してください。
日々、止むこともなく発生する、ミスやエラーやリスクの存在に気づき、不安に感じ、危険に感じ、正しく評価すること。
簡単に聞こえますが、人が深層部分で有している楽観バイアスや正常性バイアスとの戦いをしてはじめて獲得できる、スキルです。
リスクを正しく認識し、正しく怯え、正しく課題として捉えることこそが、リスク管理のアルファでありオメガである、といえるのです。
著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所
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