00671_法務担当者としてのスキルをデザインする上での考慮要素

1 内製化すべき固有スキルとアウトソースすべきスキル

法務担当者としてのスキルデザインをする上では、
・何を内製化するべきで何を外注化するべきか、
・内製化するべきスキルで何を適切に処理できていて何が不足しているか、
・内製化するべきスキルはすべて適切に処理できているか否か・不足しているか否かをどうやって測定・判別するのか、
・内製化するべきスキルについて、そもそもベンチマーク(達成基準)が観念できるのか、
・内製化するべきスキルとされているスキル分野のタスクを自分なりに一応やっているが、そもそも「自分できちんとやっているつもり」というのも単なる思い込みであって実際はまったく我流でデタラメでできていないもので、本当のゴールや正しいやり方を知らずにやっているのではないか、
・外注すべきスキルについては「弁護士」という資格者に丸投げさえしておけば安心していいのか、
・外注するに際しても何か課題や問題があるのではないか、外注先は「弁護士」という資格さえあれば問題ないのか、その他外注選定に際して付加基準等を設けるべきではないのか、
・現在の外注先は適切なのか、
・外注先のコストや品質や納期や使い勝手は問題ないのか、
等々いろいろ考えるべき点がたくさんあります。

2 ルーティン(正解や予定調和を観念できる事案)と非ルーティン(正解がない、正解が複数ある、正解があるかないかすらわからない事件や事案)

ビジネス課題、すなわち、金儲けという活動に関連する課題対処についても、
ルーティン(正解や予定調和を観念できる事案)

非ルーティン(正解がない、正解が複数ある、正解があるかないかすらわからない事件や事案)
があり、仮に非ルーティンのプロジェクトに失敗したとしても、それで企業が危機に陥ることは稀です。

しかしながら、法務課題、すなわち法務安全保障や事件対応や有事(存立危機事態)対処については、 非ルーティンをルーティンと誤解して対処に失敗したり、非ルーティンについて制御不能に陥って、ダメージ・コントロール(損害軽減措置)にも失敗した場合、企業が存立し得ない危機に陥る場合があります。

当然ながら、法務の非ルーティンについては、プロジェクト設計や資源動員の方法や、外部資源調達・運用など、ビジネス課題対処とまったく異なりますし、しかも、トップ以下経営陣も、ビジネス課題対処については専門家であっても、法務安全保障や事件対応や有事(存立危機事態)対処はド素人です。

・今、自分の対処している法務課題に正解や予定調和が想定できるルーティンなのか非ルーティンなのか、
・非ルーティンと思い込んでいるがそれは自分が無知・未熟・未経験・無能故であって実は正解があるのではないか、
・ルーティンと楽観的に考えているが実は大きな間違いで想定していない未経験のリスクや障害が見えていないだけでこの先大変なことなのではないか、
・非ルーティンで自分もトップ以下経営陣も無知・未熟・未経験・無能なため外部の専門家を招聘し対処を委ねているがこの「正解や予定調和を知っている」という顔をしている専門家は本当に正解や正解に至る方法論を知っていて任せていて大丈夫なのだろうか、
・自分たちが直面している事態は今任せている専門家を含めてこの世の誰も正解を知り得ない事態であって本当はもっと別の対処方法を構築したり、既に対処不能・制御不能に陥っていて、ダメージ・コントロール(損害軽減措置)等別のフェーズのアクション想定をすべきではないのか、

といったことを考えるべきことも必要です。

3 リスクの発見と特定と処理と支援

法務担当者が担うべき対処課題、すなわち、法務安全保障や事件対応や有事(存立危機事態)対処は、いずれも広い意味でのリスク管理(リスクマネジメント)と呼ばれる活動領域のものです。

法務担当者が担うべき対処課題、すなわち、法務安全保障や事件対応や有事(存立危機事態)対処は、いずれも広い意味でのリスク管理(リスクマネジメント)と呼ばれる活動領域のものです。

リスク管理については、とにかく、何か動いたり、対応したりすることを考えがちですが、
「見えない敵は討てない」
という格言どおり、闇雲に走ったり動いたりしても無駄かつ無意味かつ無益であり、どんなリスクであれ、リスク管理の基本かつ重要な挙動は、リスクの発見と特定です。

例えば、
「病気の治療」
というプロジェクトを考えてみましょう。

病気に関わる多くの医者(外科医を除く)がやっているのは、病気を治すことではありません。

病気を治すのは、薬であり、薬剤師です。医者がやっているのは、病気を発見し、特定する作業です。

患者が高熱を発している。

これに対して医者がまずやるべきは、効きそうな薬を適当に、手当り次第に投薬することではありません。

当該高熱が、風邪によるものなのか、エボラ出血熱か、インフルエンザか。インフルエンザとして、何型か、ということを、課題として具体的に発見・抽出・特定することが何よりの先決課題です。

そして、
「病気を治すわけでもなく、病気を発見特定する程度のことしか出来ない医者」
風情が
「実際病気を治す薬剤師」
より大きな顔をしていることからも理解できますが、課題を発見・抽出・特定するのは、課題を処理するよりも、実は、非常に重要で高度な知的でリスペクトされるべき業務なのです。

企業内に常時在籍する法務担当者が、顧問弁護士等社外の法律専門家と決定に違うのは、この
「リスクの発見と特定」
においてもっとも近接する環境を保持している、ということです。

そして、
「法務リスクの発見と特定」
がリスク管理上重要であることは前述のとおりです。

法務担当者に期待されているのは、法務安全保障の責任者として、社内における法務リスクの迅速な発見と特定です。

そして、発見され、特定されたリスクについて、顧問弁護士等の社外資源を、効率的かつ迅速に調達動員して、適切な外注管理という
「法務活動」
を展開して、コスト・品質・納期・使い勝手の面で、最適なリスク処理を実現し、あるいは、社内の担当者として、この外注作業が効率化するように支援することです。

4 対外的なコミュニケーション(言語・文書)と内部のコミュニケーション(言語・文書)

現代の紛争や闘争は、全て文書と書面の証拠によって展開される、
「筆談戦」
「文書作成競争」
という様相を呈しています。

この点で、法務担当者が担うべき対処課題、すなわち、法務安全保障や事件対応や有事(存立危機事態)対処等は、すべて、文書と証拠によって展開されることになります。

企業の法務安全保障等において関連するコミュニケーションの区別は様々ありますが、1つの区分として、
社内で完結する内部のコミュニケーション(言語・文書)
と、
社外の関係者とやりとりされる対外的コミュニケーション(言語・文書)
とに分けられます。

前者を顧問弁護士等社外の法律専門家がタッチすることはほとんどなく、法務担当者の権限と責任で処理すべきものです。

しかし、取締役会議事録や、その他社内の意思決定や情報共有のメールや文書等
「社内で完結する内部のコミュニケーション(言語・文書)」
が事件等で極めて重要な証拠となることもあります。

その意味では、
「社内で完結する内部のコミュニケーション(言語・文書)」
を専権として担う法務担当者も、法的なストレステストや、悪意を以た観察者が検証しても企業を窮地に陥れることのないような不用意な表現の排除や適切な状況叙述等、法的な観点でのセンスと配慮が求められます。

社外の関係者とやりとりされる対外的コミュニケーション(言語・文書)についても、もちろん、平時においては、法務担当者、さらには、法務担当者以外の社内担当者(広報担当者やIR担当者等)が担うこともあるかと思います。

しかしながら、事件や事故、さらには有事(存立危機事態)の場合や、これに至る可能性のあるプロジェクトや、規模や新規性から考えて一定の重要性あるプロジェクトについては、すべて法務担当者が、保守的な観点からの法的ストレステストやバイアスチェック(悪意を以た観察者が検証しても企業を窮地に陥れることのないような不用意な表現の排除や適切な状況叙述等、法的な観点でのセンスと配慮に基づくレビューとリバイズ)を行ったり、さらには、必要に応じて、顧問弁護士等外部の専門家を動員すべき場合も出てきます。

5  批判的思考・分析的考察と選択肢抽出とジャッジ

「法務担当者に期待される、他の社内関係者と決定的に違う、発想や思考手順」
ともいうべきものが存在します。

これは、批判的思考や保守的想定と言われるものです。

人間には、生来的に、思考の偏向的習性として、楽観バイアスや正常性バイアスと言われるものが備わっています。

特に、社長以下経営陣(企業の首脳陣)は、リスクをとって収益を上げて(前向きに積極的にイケイケドンドン金儲けをして)企業のゴーイングコンサーンを実現するという役割と責任を担っていますので、他の一般社員より、はるかに、大胆で、楽観的で、冒険的である傾向や習性が強いことが一般です。

このような意思決定に対して、安全保障面からの支援をする法務担当者としては、批判的思考や保守的想定の下、法的ストレステストを行い、より、事業実現を安全かつ完全にするようなチューンナップをすることを求められます。

勘違いすべきでないのは、単なる評論家であってはならず、批判に終始せず、必ず、対案や代替案や予備案(Bプラン)も含めた建設的な提案をすることが求められます。

リスクがあるから、顧問弁護士を味方に批判を展開するだけでプロジェクトを潰す、という受動的な役割に終始するようでは、何のための法務部か、と叱責されます。

また、顧問弁護士等の社外の専門家は、ビジネスの専門家でも、あるいは金儲けをしたことのないビジネスのアマチュアですし、加えて、信用維持と保身を考えて思考習性と行動偏向として予防線を貼ることが多いので、顧問弁護士に安易に意見採取をしても、
「社内の法務部として求められている、果たすべき役割」
を全うすることはできません。

また、法務担当者は、単に、不安や警戒を述べるだけでは、役割を果たせません。

よく、法務の対応や勧告として、
「コンプライアンス的にNGです」
「法務としてはリスクがある、といわざるを得ません」
という抽象的でわかったようなわからないような助言が見受けられますが、これは、
「よくわからないからやめといたら」
「ダメ、ダメ。これ、女の勘」
「方角が悪いからやめといたほうがいい」
「風水的によくないんじゃない」
という戯言と同様、まったく中身がなく、社内サービス部門たる法務としての価値ある責任ある活動とはいえません。

・具体的に何法の何条に該当し、
・過去にどういうリスクが具体的に実例としてあり、
・どのようや危険あるいはリスクがどのくらいの可能性と現実性で想定されるのか、
・当該リスクは壊滅的なものか対処可能・制御可能なものか、
・リスクの転嫁方法・回避方法・回避方法としてどのようなものが考えられそれぞれどのようなプロコン(長短所)があるのか、
・ビジネスモデルをマイナーチェンジして規制適用を回避する方法はあるか、
・単なる法令解釈の問題で未だ適用例がないならノーアクションレター等を検討できるか、
等々、

批判して安易な中止勧告をするのではなく、徹底した分析思考をもって、ビジネス実現のための知恵を絞るのが、顧問弁護士等社外弁護士ではない、社内の法務担当者こそが期待されている役割と責任です。

また、事件処理や事故対応や有事(存立危機事態)対処といった、
「正解なき予定調和なきプロジェクト」
については、もちろん正解がないことは仕方ないとしても、最善解や現実解は想定されるはずです。

そして、最善解や現実解(ゴール)を設定した後は、
「現時点(スタート)」と「ゴール」
の間に存在するありとあらゆる課題やリスクをすべて批判的思考で抽出します。

次に、このすべての課題やリスクこれを乗り越えるための選択肢を、これもイマジネーションの及ぶ限り、極論や非常識なものも含めて、あらゆるものを一切合切抽出することが求められます。

そして、各選択肢について、偏見を加えず、時間・コスト・労力・確度・精度・可変性や冗長性といった各点からの長短所の評価(プロコン評価)を加えていきます。

しかし、法務担当者の仕事と責任はここまでです。

最後のジャッジは、他ならぬトップの役割と責任において行なわれるものです。

法務は、トップが豊富な選択肢からより自由に選択できるようにするためのお膳立てを行うことがその所掌範囲です。

現アメリカ大統領のトランプ氏は、外交課題や安全保障課題等、難しい課題、すなわち、正解がない課題の対処に際して、よくこういう言い方をします。

「すべての選択肢はテーブルの上にある」
と。

これこそが、安全保障という点でも超一流国家アメリカで行なわれている、
「世界でもっとも洗練された、トップとこれを支える安全保障専門スタッフの役割分担のあるべき姿」
を端的に言い表しています。

6 企業内・業界内の知見

法務担当者は、顧問弁護士等の社外専門家と違い、もちろん、社内の人間です。

法律はある程度知見があるとはいえ、基本的に、企業の人間であり、ビジネスの人間です。

企業オンチ、ビジネスオンチでは、法務担当者は務まりません。

すなわち、ビジネスの知見、会計や財務の知見、投資や金融の知見、さらには、企業や業界固有の知見を保有していることも求められます。

とはいえ、法務担当者が、一般の企業の役職員と違うのは、このような、企業や業界に固有の知見を、事件処理や有事(存立危機事態)対処の場面、またそのような重大な状況でなくとも、契約書や機関決定等の組織として作成・保存すべき議事録等、その他対外的文書において、企業内や業界内でしか通用しない特殊な慣行やしきたり、さらには方言ともいうべき
「ジャーゴン(符牒等)」
を明確かつ客観的な言葉で表現し説明する役割を有していることです。

7  有事(存立危機事態)対処における臨床経験

法務担当者が、絶対持ち得ない経験上の知見ともいうべき分野があります。

それは、有事(存立危機事態)対処における臨床経験です。

所属企業が数年に一度は大規模な不祥事を起こし、その度に存立危機事態に陥っている、というような場合は格別、通常、ゴーイングコンサーンという前提環境で運営される企業に所属する法務担当者にとって、有事(存立危機事態)はあくまで新聞テレビで触れるだけの対岸の火事に過ぎません。

そして、このような特殊な事態対処は、経験知や経験から推定される事態展開予測といった、現場経験に依存した認知や解釈や想定やスキルが幅を効かせます。

その意味では、このような状況に至った場合、法務担当者が机上の学習成果で検討するのは極めて危険であり、相当初期の、状況認知・解釈の段階から、経験ある専門家を調達し、エンゲージさせるべきことが推奨されます。

なお、有事(存立危機事態)対処は展開が急かつ多岐にわたり、手を拱いていると状況がどんどん悪化するので、平時において、各有事の種別に対応した、経験ある専門家とのコネクションを維持形成しておくことが重要です。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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