「『審査官をウマく丸め込み登録はしたものの、新規性、進歩性等の要件に問題があるエエ加減な特許権』」
をブンブン振り回して、鼻息荒くライバル企業に差止・損害賠償訴訟を提起すると、カウンターパンチを食らうような形で裁判所から突然『特許無効』と宣言され、最後に泣きを見た、という事例についてお話します。
1998年、日本水産(ニッスイ)は、冷凍の塩味茹枝豆に関する特許を取得しました。
特許といっても、製法や材料や味や保存期間等の画期的技術についてではなく、枝豆の塩分濃度や解凍後の枝豆の硬さなど、性質や機能を数値で表現したものに特許権が与えられたものでした。
ニッスイは、特許取得後、同じく冷凍塩味茹枝豆を販売しているニチロ、ニチレイ、マルハなどに特許使用料を要求する交渉を開始しましたが、各社はこれに猛反発します。
2002年2月にニチロが特許庁にニッスイの特許の無効審判請求をしました。
要するに、ニチロとしては、
「ニッスイが、取得した、と騒いでいる特許は、何ら画期的な発明ではなく、特許要件を満たさないものだから、そんなものは無効だ」
と特許庁に訴えたわけです。
特許無効審判は
「せっかく苦労して東大に合格したのに、いきなり合格が取り消されるくらいションボリする話」
です。
苦労して取得した特許権をそんな風にケナされてニッスイ側としても黙っているわけにはまいりません。
ニッスイ側は、この対抗措置として、自社の特許権を侵害したとして、ニチロの冷凍塩味茹枝豆の販売差止などを求めて、東京地裁に提訴しました。
しかしながら、結果は、東京地裁が
「ニッスイの特許技術に進歩性はない」
と判断し、ニッスイ側の完全敗訴となりました。ニッスイ側は、控訴も断念し、ここに冷凍塩味茹枝豆の特許をめぐる冷凍食品業界の仁義なき抗争が終結しました。(
特許が成立するのは、それまで冷凍食品業界においてまったくなかったような高度な発明で、かつ従来技術からは思いもつかないような進歩的な発明でなければなりません。
人間の食に対する意識は結構保守的で、変わった食品や変わった製法の食品を敬遠する向きも多く、その意味で、一般に
「食品業界では特許が成立しにくい」
などと言われます。
というか、仮に
「見た目はカレーで、味はイチゴのデザート」
なんて食べ物があったとしますと、この食べ物は、斬新であり、進歩的なもので、ひょっとしたら特許が取れるような発明かもしれませんが、そんなグロテスクな食べ物、日本人のほとんどはあっても食べたいとは思わないでしょう。
そして、事件になったニッスイの特許は、そんな革命的なものというわけではなく、前述のとおり、フツーの食べ物に関する、ちょっと便利な技術に関するものでした。
というか、仮に
「見た目はカレーで、味はイチゴのデザート」
なんて食べ物があったとしますと、この食べ物は、斬新であり、進歩的なもので、ひょっとしたら特許が取れるような発明かもしれませんが、そんなグロテスクな食べ物、日本人のほとんどはあっても食べたいとは思わないでしょう。
そして、事件になったニッスイの特許は、そんな革命的なものというわけではなく、前述のとおり、フツーの食べ物に関する、ちょっと便利な技術に関するものでした。
特許権があるからといっても、すなわちニッスイに特許権があり、特許庁長官発行のお免状があるからといっても、裁判所からみたら、ニッスイの特許権は
「下駄をはかせてもらい、インチキで取得した『“なんちゃって”特許』」
とも言うべき代物です。
ニチロもその
「なんちゃって」ぶり
はきっちりお見通しでした。
にもかかわらず、ニッスイは、そんな、武器にもならない
「おもちゃのチャンバラ道具」
のような権利を使って、
「喧嘩上等」
といわんばかりに強気になってしまい、訴訟提起をしちゃったところが、運の尽きだったようです。
こんな「“なんちゃって”特許」
で、強気に訴訟提起したら最後、ニチロから無効審判請求の申立てや、特許法104条の3の抗弁(キルビー抗弁)が出され、鵜の目鷹の目で徹底的に調べ上げられ、たちまち無効とさせられる危険が生じる、というわけです。
すなわち、ニチロから無効審判請求の申立てや、特許法104条の3の抗弁(キルビー抗弁)といった、ガチのカウンターパンチが繰り出され、
「特許庁、すなわち行政という奉行所(権力機関)」
とは別の、
「裁判所、すなわち司法府という別の奉行所(権力機関)」
によって、徹底的に吟味された結果、あっけなく
「その方が有しておる権利とやらは、まがい物の、なんちゃって権利であり、無効なり! そのような権利を振り回すその方の振る舞いこそが不逞千万である!」
と宣言させられたのです。
裁判で負けたら、販売差止に失敗するだけではなく、今度はライセンスしている他の食品会社からも
「ガセ特許をネタに高いロイヤルティをふんだくりやがって、特許が無効になった以上、これまでインチキで払わされたロイヤルティを全部返せ」
ということをいわれる可能性もあります。
ですので、ニッスイとしては、 三権分立をきっちり理解して、
「特許庁、すなわち行政府という権力機関によって、お情け半分で特別に認めてもらった権利が、裁判所という冷厳な別の権力機関でばっさり否定されるかもしれない」
という保守的な前提認識をもち、 あまり物騒な展開にせず、なるべく早く大人の話し合いで、双方にとって体面が保てる幕引きをし、
「なんちゃって特許」
が化けの皮を剥がされないようにすべきであった、といえますね。
こうやってみると、
「特許権という、三権分立制度の間に漂う権利を扱う際には、日本の国家制度を本質から理解しておく必要がある」
ということになります。
ちなみに、このような
「三権分立制度の間に漂う権利や法律関係」
は、チザイにとどまりません。
税務争訟関係(税務当局と裁判所)、
金融商品取引法事件(金融庁、証券取引所、証券取引等監視委員会と裁判所)、
独禁法事件(公正取引委員会と裁判所)
などなど、ビジネスと法律が交錯する多くの分野で、行政と司法が顔を出します。
無論、多くの場合、結論だけでみると司法判断と行政判断には一致がみられます。
しかしながら、つぶさに観察すると、権利や法律関係の扱い方やアングルが相当異なることがわかりますし、「同じ日本の権力機関だから、一緒だ」という安易な考えは早計といえます。
この意味では、「チザイ」の扱い方を理解するためには、三権分立の理解が決定的に必須となります。
初出:『筆鋒鋭利』No.080、「ポリスマガジン」誌、2014年4月号(2014年4月20日発売)
初出:『筆鋒鋭利』No.089、「ポリスマガジン」誌、2015年1月号(2015年1月20日発売)
著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所
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