「知財を実際に最終的に取り仕切る特許庁や裁判所」
において、実際、知財がどのような形で取り扱われているか、ということを述べてまいります。
具体例として、知財の代表選手である特許の場合を考えてみます。
特許権というと、
「日本の特許出願件数40万件!
」などという報道があったり、また、各種工業商品に
「PAT.P(Patent Pending、特許出願中の意味)」
の表記がみられるなど、巷に特許は溢れ返っており、また、前回お話ししたように、政府が、2002年12月4日に、
「知的財産の創造、保護及び活用に関する施策を推進すること」
を目的とする知的財産基本法を作り、知的財産権保護を政策として奨励していることで、知財バブル現象に浮かれ、踊り狂う
「知財マンセー」
の方も多くいるため、一般には、発明が完成し、これを特許庁に持ち込めば、両手を挙げて歓迎され、すぐにでも特許権がもらえそう、とイメージを持たれる方も少なからずいらっしゃるものと推測されます。
しかしながら、現実には、特許権という権利が成立するためには、相当高いハードルを乗り越える必要があります。
まず、
「発明」
を
「特許権という法律上の権利」
に変化させるためには、出願という手続きが必要です。
例えを使って説明しますと、
「発明」が「東大入学を目指す受験生」、
「特許権という法律上の権利」が「東大に合格して、晴れて東大入学を果たした東大生」
とイメージしてください。
東大に憧れ、東大入学を目指す者は多いですが、目指した人間全員が入学できるわけではなく、実際東大に入学して東大生となれる人間はごくわずかです。
とはいえ、入るのが難しいからといって、
「目指してはいけない」、
「受験するのは許さん」
ということまでは言われませんし、門戸は広く開放されています。
どんなに勉強できない人間であっても、東大を受験する権利までは否定されませんし、少なくとも、
「オレは東大を目指しているんだ」
ということを吹聴したり、自慢して威張る自由は保障されています(そういう吹聴や自慢は自由ですが、「自慢や吹聴は合格してからにしろ」というツッコミが入り、却ってバカにされる危険はあります)。
この
「発明」という受験生
が、
「特許権」という東大合格
の栄誉を得るため、最初に行うのが、
「出願」すなわち、願書提出行為
です。
東大がどんなに勉強できない人間にも受験の機会を保障しているのと同様、特許手続きについても、どんなに下らない発明や、およそ特許が成立しないような思いつきであっても、
「出願」自体
はできます。
すなわち、発明や思いつきの内容や自分として要求する権利の内容を文書や図面で記載し、受験料とも言うべき出願手数料を支払えれば、原則として、どんなものでも出願可能です。
そして、東大に願書を提出した浪人生は、実際合格するまでタダの浪人生ですが、特許の世界では、出願しただけの発明に対して、特殊な称号を付与してくれます。
これが、
「特許出願中」
と言われるものであり、平たくいえば、
「将来、ひょっとしたら、特許権になるかもしれないかもしんない権利だぞ」
という称号です。
そして、このような状態にある権利は、先ほど述べたとおり、
「PAT.P(Patent Pending、特許出願中の意味)」
としてエラそうに表示しています。
「 PAT.P (Patent Pending、特許出願中の意味)」
といえば、何やら仰々しくて相応の権利がありそうなことを示していると勘違いされますが、いってみれば、浪人生が
「おれは東大に願書を出したぞ」
と威張っているのと同様、よく考えると、あまりたいした話ではありません。
先程、
「 PAT.P(Patent Pending、特許出願中の意味)」
と呼ばれる
「特許を受ける権利」
について、何やら仰々しくて相応の権利がありそうなことを示していると勘違いされがちですが、
「将来、ひょっとしたら、特許権になるかもしれないかもしんない権利」
という程度の代物で、東大を目指す浪人生が
「おれは東大に願書を出したぞ!」
と威張っているのと同様あり、よく考えると、あまりたいした話ではありません、と申し上げました。
実際、東大を目指す受験生のうち大半が無残に不合格となるように、特許出願された発明のほとんどは、特許権になることなく無残に朽ち果てていきます。
特許出願から1年半経過した後、出願内容が公開され誰でも閲覧できますが、インターネット等で公開された特許出願の内容を見てみると、子供の落書きのような手書きの願書や、まったくやる気や真剣さが感じられないでたらめでいい加減な願書なども相当数含まれ、まさに玉石混淆です。
たまに
「特許を受ける権利」
が高額で売買されることがありますが
「きちんとした科学者による世紀の大発明で、論文等で裏付けもあり、実施されている発明」
というのであればともかく
「子供の落書き」
をやや高級にしたようなものを何も知らずに高値でツカまされたというケースもあります。
出願された発明は、特許庁において特許要件充足の有無を審査され、その過程でいろいろとケチをつけられ形を変えながら、当初出願されたものとは似ても似つかぬものとなっていきますが、そういう紆余曲折を経て最終的に特許査定という行政処分がなされれば、所定の手数料を納付し、晴れて特許権が成立します。
このように、特許だの知財だのと騒いだところで、専門家や特許庁や裁判所からみれば、その大半はあまり大した話ではなく、成立するならともかく、取り扱われ方も、まずは門前払い、ようやく審査の俎上に乗っても鵜の目鷹の目でこき下ろされるなど、さんざんな取り扱われ方をしているのが現実であり、
「どこが知的財産を重視する国家戦略やねん!」
とツッコミを入れたくなるような状況なのです。
特許権が成立し、権利として登録されれば、見るからにおごそかな特許庁長官発行の「特許証」という、合格証書のようなものが発行されますが、
「チザイ」の代表選手である特許
の扱われ方の過酷さは半端なく、登録されてからでも安心できません。
特許要件が1つでも欠けると思われれば、特許を快く思わないライバル企業が無効審判を申し立て
「この特許は無効だ」
などと攻撃を仕掛けてきますし、特許権が侵害されたからといって、怒りに任せて、差止や損害賠償請求を仕掛けるのも、反撃を受けて特許がつぶされる危険が生じます。
その昔
「裁判所は文系の人間で、科学技術のことはよくわからないから、特許権が有効とか無効とかそういう小難しいことは、技術に明るい特許庁の方々に任せ、基本的に特許庁の判断を尊重しよう」
というシキタリがありました。
ところが、あるとき、公知技術を組み合わせただけの明らかに無効な特許を、うまく登録に持ち込んだものが、差止や損害賠償請求を行うという事件が起きました。
その際、最高裁は、前記シキタリを破り、
「差止や損害賠償請求が求められた際、裁判所が当該特許の有効・無効を判断し、たとえ技術に明るい特許庁の審査官がお墨付きを与えた特許権であっても、無効と断じてもいい」
と宣言しました。
このような最高裁の取扱は、特許法改正により明文化されました。
このルールがあるため
「特許庁の審査官をウマく丸め込み登録はしたものの、新規性、進歩性等の要件に問題があるエエ加減な特許権」
をブンブン振り回して、鼻息荒くライバル企業に差止・損害賠償訴訟を提起すると、カウンターパンチをくらうような形で裁判所から突然
「特許無効」
と宣言され、最後に泣きを見る、という事例が出てくるようになりました。
東大の例に例えると、
「散々浪人して、せっかくなんとか東大合格を手にいれたものの、入学してから再試験をされて、そのとき、良い点を取れなければ、たちまち、元の浪人生に逆戻り」
というのと同様、人の人生をオモチャにしているとしか思えない悲惨で過酷な取り扱われ様です。
以上のとおり、
「チザイ」の代表選手である特許
ですが、行政庁である特許庁で散々冷たい目でこき下ろされて晴れてようやく特許権になったと思ったら、裁判所でもさらに無茶苦茶な取り扱われ方をされており、
「何が知的財産を重視する国家戦略や!人のことを馬鹿にするのもいい加減にせい!」
といいたくなる状況なのです。
初出:『筆鋒鋭利』No.078、「ポリスマガジン」誌、2014年2月号(2014年2月20日発売)
初出:『筆鋒鋭利』No.079、「ポリスマガジン」誌、2014年3月号(2014年3月20日発売)
著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所
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