00757_チエのマネジメント(知的財産マネジメント)における企業法務の課題6:「知財」における行政(特許庁)と司法(裁判所)の対立

企業の知財に関する事件の報道を見ていますと、例えば、こういうニュースに接することがあります。

2005年2月26日、東京地方裁判所は、特許権侵害訴訟において、日本水産の冷凍塩味茹枝豆特許(塩味茹枝豆の冷凍品及びその包装品の特許)を無効と判断し、日本水産の特許権に基づく損害賠償等の請求を権利濫用として許されないとして棄却
「2005年 11月11日、知財高裁において、日本合成化学工業のパラメーター特許が無効と判断される」

いずれも、一見すると、ありきたりのニュースとして見過ごしてしまいそうですが、よく考えてみれば、かなり異常な事態です。

ニュースでは、
「裁判所から、権利を濫用したとか、無効だとか非難された」
とされていますが、当事者である日本水産にせよ、日本合成化学工業にせよ、別に、何の根拠もなし、無茶な因縁をつけたわけではありません。

彼らは、多大な時間とエネルギーを負担して、特許出願し、さらに、出願してからも、特許庁から
「あっちを直せ」
「この出っ張りを引っ込めろ」
とかいろいろ指導を受けた挙句、晴れて、特許権登録を受け、特許庁から
「特許権者」
としてお墨付きを受けた、国家公認の権利者だったのです。

特許権が登録されれば、見るからにおごそかな特許庁長官発行の
「特許証」
という、鳳凰が縁取られた、合格証書のようなものが発行されます。

このような状況にあって、
「自分の権利がマボロシである可能性もあるから、疑え」
といわれても、そりゃ、絶対、無理ってもんです。

日本水産も、日本合成化学工業も、
「特許庁」という「国家行政を担う、立派な奉行所」
のお墨付きを得て、権利者として振舞っていただけです。

そうしたところ、あるとき、この
「厳かなお墨付き」たる特許権

「そんなもの、屁のつっぱりにもなるか」
といわんばかりに、公然とコケにする不逞の輩が現れたのです。

不逞の輩と権利者との揉め事は、
「裁判所」という別の奉行所
が取り扱うことになっています。

奉行所が違ったといえども、同じ日本という国の、同じ国家機関。

「まるで話が通じないわけはない、ということはなかろう」
と思って、裁きを待っていたところ、この
「裁判所」という奉行所
は、
「そちのもっている権利とやらはインチキじゃ。そのようなインチキな権利を振り回す、そちこそが、不逞の輩なり」
と、逆に怒られた。

そんな無茶苦茶な話が、前述のニュースです。

なぜ、こんなことが起きてしまうのか。

それは、三権分立制度の陥穽としか言いようがありません。

国家は1つですが、権力作用は、まったく別。

しかも、裁判所は、
「サイエンス」ではない「イデオロギー」たる法律を解釈運用する、
「上司もなく、やりたい放題」が憲法で保障されている、
いわば
「独裁者」
であり、国会が作った法律すらぶっ飛ばすパワーを持っているくらい強力な独裁者です。

他の国家主権である行政権に属する特許庁が一介の私人に発行したお免状の1つをビリビリ破ることくらい、朝飯前のバナナヨーグルトです。

とはいえ、その昔、
「裁判所は文系の人間で、科学技術のことはよくわからないから、特許権が有効とか無効とかそういう小難しいことは、技術に明るい特許庁の方々に任せ、基本的に特許庁の判断を尊重しよう」
というシキタリがありました。

ところが、あるとき、公知技術を組み合わせただけの明らかに無効な特許を、うまく登録に持ち込んだ輩が登場し、彼が、このインチキ特許を使って、差止や損害賠償請求を行うという事件が起きました。

その際、最高裁は、前記シキタリを破り、
「差止や損害賠償請求が求められた際、裁判所が当該特許の有効・無効を判断し、たとえ技術に明るい特許庁の審査官がお墨付きを与えた特許権であっても、無効と断じてもいい」
と宣言しました。

そして、このような最高裁の取扱は、特許法改正により明文化されました。

このような事情があるため、前述のニュースのように、
「審査官をウマく丸め込み登録はしたものの、新規性、進歩性等の要件に問題があるエエ加減な特許権」
をブンブン振り回して、鼻息荒くライバル企業に差止・損害賠償訴訟を提起すると、カウンターパンチをくらうような形で裁判所から突然
「特許無効」
と宣言され、最後に泣きを見る、という事例が出てくるようになったのです。

これが、冒頭の報道で示したニッスイ事件です。

初出:『筆鋒鋭利』No.088、「ポリスマガジン」誌、2014年12月号(2014年12月20日発売)

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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