1 事業承継とは
事業承継とは、事業を後継の者に引き継ぐことですが、同族企業(株式非公開会社)におけるビジネステーマとして、最近、取り沙汰されるようになってきました。
事業承継がホットな話題になってきた理由としては、いわゆる団塊の世代の方々がリタイア時期を迎えるようになったからだと言われています。
すなわち、第二次世界大戦後に生まれ、60人学級のすし詰め状態で学び、学校で過酷に競争を繰り広げ、ときに学生運動で鬱憤を晴らしつつ、企業を立ち上げ、バブルに踊り、これまでガムシャラにがんばって来られたオトーサンたちが、年金をもらい、介護の現実が見え始め、お墓や来世のことが気になる
「お年頃」
になってきたので、
「金儲け、金儲けとがむしゃらに突っ走っている場合じゃねえよな。商売は後進に譲り、楽隠居でもしようか」
という状況になってきたというわけです。
我々弁護士をはじめ、税理士、司法書士といった各専門家は、アツい話題となっている
「事業承継」
を仕事拡大の好機と捉え、鼻息荒く、各中小企業のオーナーに承継プランを提案する動きがあるようです。
しかしながら、
「中小企業であれば、誰でも彼でも、事業承継を行うことが常に有効」
というわけではなく、事業承継実施にあたっては、様々な前提課題の存在を認知し、この課題をクリアするなり整理しておく必要があります。
2 承継させるに値するまともな事業がない場合
事業承継策を導入する前提として、
「承継に値するような事業」
が存在しなければなりません。
「会社としては命脈を保っているものの、銀行に対する約定金利もまともに支払えず、定期的な借り換えで凌いでおり、不況による売上減にビクビクし、資金繰りに頭を悩ませている」
といった中小企業については、
「事業承継以前の課題として、事業の建て直し」
が必要です。
また、
「株式会社という体裁はあるが、会社の名に値しない実質個人営業のような事業組織ともいえないような属人性の高い事業集団(いわゆる法人成り企業)」
も
「承継に値するような事業」
とはいえません。
売上規模10億円未満の会社は、属人性が顕著で、トップが生産から営業から売掛の回収までクビを突っ込んでいるような状態のところがほとんどで、トップがいなくなれば会社自体たちまちツブれてしまう存在ですが、これは
「事業」
ではなく
「稼業」
とでもいうべきものです。
稼業規模の会社は、事業承継を云々する前に、社長が個々の
「戦闘」
にクビを突っ込まなくても回るような組織、すなわち
「事業」
なり
「企業」
への脱皮こそが先決課題となります。
要するに、
ミエル化、カタチ化、透明化、単純化、平準化、標準化、システム化
が、企業としての真の課題であって、企業を誰かに渡すとか譲るとかというのも百年早いです。
逆に、このような
「事業」
ではなく
「稼業」
をM&A等で買った企業やファンドは、買った後が大変です。
創業オーナーの頭の勘ピューターの中だけに存在するデータやナレジを、
ミエル化、カタチ化、透明化、単純化、平準化、標準化、システム化
する羽目となり、いわゆるPMI(ポストマージャーインテグレーション)課題として、創業に匹敵するような苦労を背負い込むことになります。
事業承継を受継する形で参画するM&Aの買い手としては、M&Aの投資回収計画を立案する際や、価格交渉を行う際、PMIの負荷をめぐるダークサイドをしっかりとふまえておくべきです。
3 オーナー社長がそもそもリタイヤする気などない場合
現社長のリタイア意思も、事業承継の前提として確認しなければなりません。
中小企業の経営者というのは、大企業の社長よりも自由になるカネははるかに多く、現役時代にやりたいことはすべてやり尽くしておられる方が多いものです。
そんな抽象企業経営者がリタイアしても、家でゴロゴロしても家人に邪魔者扱いされてストレスを溜めるだけで、実は死ぬ直前まで会社にいて檄を飛ばしていた方が却ってシアワセということがあります。
巷の話題に踊らされて一度は
「事業承継をやる」
と宣言された社長さんも、
「ゴルフも釣りも海外旅行も豪華客船クルージングも飽きた」
「家にいてもやることがない」
「やっぱり、会社に毎日出社したい」
と言い出し、出社したら出社して、院政を敷くようになり、却って会社をギクシャクさせるケースも少なからずあるのが実情です。
4 法的確実性と経済的メリットの「二兎」は追えない
法的に確実な承継をしようとすると、会社組織上の諸手続(株式の発行等)にかかるコストや資産移転に関係する支払税額等、ある程度の経済的負担は避けられません。
すなわち、後継者の後継基盤確立と手続コスト・税務負担とはトレードオフの関係に立っており、承継の手間やコストをケチると、一度は納得したはずの
「後継者以外の親族」
が先代の死後ブーブー不満を言い出し、後継者が経営以外の紛争に忙殺されることになります。
実際、中小企業のオーナー社長は、妙にケチりたがる方が多く、目先のコストや租税負担の軽減にのみとらわれて後日に禍根を残す承継策を採用したため、死後、相続人間において血で血を洗う抗争が勃発し、死んでも浮かばれないことになったりします。
5 まとめ
「事業承継」
は、企業社会からの切実なニーズから生じたというより、中小企業庁が躍起になって話題づくりをして出現した
「官製業域」
ともいうべき代物であり、
「個人情報保護法バブル」
「新会社法バブル」
「内部統制バブル」等
と同様、
「言葉と話題だけが先行し、実体と乖離して取り沙汰されている」
との印象が拭えません。
長期的にはどの中小企業もいずれ事業承継が必要になってくることは間違いないのですが、バブルに踊らされるのではなく、本質を見極め、ときには
「事業承継以外の方策や選択肢も検討する柔軟性」
ももちつつ、適正に対応したいものです。
著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所
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