6 「改革や改善」は必ず誰かを損させる
「改革や改善」
という仕事を行う際、注意しなければならないのは、
「改革とは必ず誰を損させるものである」
「改善を行うと、必ず誰かを傷つける」
という、改革や改善のダークサイドともいうべき、負の本質です。
改革や改善が劇的であればあるほど、損や迷惑を被る人の数が多くなり、かつダメージの度合い大きくなるものです。
歴史上、改革や改善で大失敗したのは、織田信長やナポレオンやケネディーです。
彼らの行った事業あるいは行おうとした事業は、いずれも斬新で進歩的で有意義でしたが。
しかし、
「改革とは、結局、誰かを不幸にするものである」
という単純な仕組を知らなかった彼らの末路はいずれも悲惨極まりないものとなりました。
「お前らは損したり、傷ついたり、社会機能上抹殺されるかもしれないが、そんなことは知ったことか。勝手に死んでろ。こちらはこちらの都合で、改革や改善をどんどん進めるから、黙って従え」
という権力的というか暴力的に改革・改善を進めた挙げ句、抵抗勢力による妨害や抹殺に遭遇し、政治生命や本当の命まで奪われました。
斬新で進歩的で画期的で、社会を変革するような大規模な改革や改善であれば、当然ながら、損をしたり傷ついたりする人間はそれこそ数万、数十万、数百万人規模にのぼります。
多勢に無勢という言葉がありますが、どんなに強力な武装組織をもっていても、数万、数十万、数百万人規模の集団や勢力を敵に回して、勝てる道理がありません。
以上をふまえると、改革や改善を上手に完成させる局面では、権力的・暴力的に断行することは避けるべきで、結局、
「改革によって損をするであろう人間」
に対して、
(1)損を被るべき人に対して何らかの形で損失の補填を行うか、
あるいは、
(2)損を被るべき人に損をしないようにみせかけて騙す、
といういずれかの対策を取るべき必要が出てきます。
「お前の存在は不要となったので、経済的に、あるいは社会的に抹殺させてくれ。ところで幾らほしい。言ってみろ」
と言って、ふんふん頷いて適正な補償額を答えるような人間は古今東西皆無です。
法外な補償額を答えるか、そもそも
「経済的に、あるいは社会的に抹殺されること」
を良しとせず、我武者羅に抵抗するでしょう。
というわけで、成功した改革や改善の多くは、
「(1)損を被るべき人に対して何らかの形で損失の補填を行う」
という
「馬鹿正直な方法」
によらず、
「 (2)損を被るべき人に損をしないようにみせかけて騙す」
という
「狡猾で陰険な方法」
に基づき、改革や改善を邪魔する人間を排除しています。
「日本史上最大の社会改革事業」
であった明治維新についてみてみましょう。
明治維新を実務面で遂行したのは、後に
「維新の元勲」
と呼ばれる薩摩長州藩等に所属する一部の下級官僚たちでした。
「維新の元勲」たち
は、
「維新という事業を進めていく上では、江戸幕府のみならず、自らが属した藩や士族階級そのものも邪魔になるので、解体するべきである」
ということは明確に認識していました。
しかしながら、彼らは、このことは一切明らかにせず、逆に、所属する藩にあたかも
「維新によって、単純な支配交替が生じ、薩摩藩や長州藩及びこれらの藩に属する士族たちが、それまで栄華を極めていた江戸幕府に替わってオイシイ思いができる」
かのような錯覚を与え続けました。
薩摩藩出身の大久保利通は、同郷の盟友である西郷隆盛さえ騙し続けたのではないか、と思われる節があります。
いずれにせよ、
「元勲」たち
のクレバーさは図抜けています。
そして、最終的には、藩や士族たちが
「江戸幕府を倒した。これで、我が藩が我が世の春を謳歌できるぞ」
などと夢見心地の状態で惚けている間に、廃藩置県によって藩そのものを消滅させてしまい、事態に気付いて騒いだ士族連中もすべて葬り去り、明治維新という改革・改善事業をなし遂げたのです。
明治維新は、
「『江戸幕府以外の諸藩』が、『江戸幕府』を滅ぼした戦争(内戦)」
という構図と、
「『“江戸幕府以外の諸藩”の一部下級管理職』が、『“江戸幕府以外の諸藩”のボヤボヤしていたオーナーや上司たち』をまるごと滅ぼして自分たちの政権を確立したクーデター」
という構図を併せ持っています。
後者のクーデターという側面は、歴史においては明確に述べられていませんが、
「損を被るべき人に損をしないようにみせかけて騙す」
というセオリーに忠実に則って行われたものであり、維新という改革・改善事業を完成させる上で非常に有意義なものでした。
以上のとおり、改革や改善は単なる思いつきさえ出されば終わりというものではなく、
「既得権者の効果的排除という生臭い点まで意識しながら進めなければならない」
ということもよく認識しておく必要があります。
初出:『筆鋒鋭利』No.047、「ポリスマガジン」誌、2011年7月号(2011年7月20日発売)
著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所
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