コンプライアンスという言葉がありますが、21世紀に入って降って湧いたように登場し、その後、事あるごとに使われるようになってきた法務活動における重要なキーワードです。
「コンプライアンス」
とは日本語に訳すと
「法令遵守」
という意味になりますが、法令を守るのはある意味当たり前といえば当たり前です。
ここで、
「何故、法令遵守を経営課題としてわざわざ認識しなければならないのか」、
「それほど日本の企業は法令を遵守していない不届きなところが多いのか」、
よく考えれば不可思議です。
まず、
「日本の企業は法令を遵守していない不届きなところが多いのか」
という点については、YESといわざるを得ません。
労働白書にて、労働基準監督官による事業所調査を行った際の結果が統計データとして公表されていますが、これによると、毎年、国内の事業所において、労働関連法規(労働基準法や労働安全衛生法等)の違反率は概ね7割で推移しており、業種によっては8割以上もの割合で労働関連法規違反が発見され、指摘されています。
日本では、どの会社も労働関連法規を平然と無視して操業している、といえます。
また、金融業界では金融検査なるものが定期的に行われていますが、
「検査をしても違反が一切なかった」
という金融機関はほぼ皆無であり、多かれ少なかれ違反を指摘されているのが実態です。
金融機関というと、いかにも
「法律はきちんと守っています」等
と涼しい顔で営業していますが、結構著名な金融機関が実は悪質な違反行為を行っている、などということは日常茶飯事のようで、これが金融検査で露見し、長期間の業務停止処分を受けることもあるようです。
比較的管理がしっかりしているはずの金融業界がこの状況ですので、その他の業界における業法その他各種法令の遵守状況もだいたい想像がつきます。
以上のとおり、日本の産業界においては、法律をすべてきちんと守って健全に経営を行ってきたというよりも、
「見えないところで適当に法令を無視しながら、バレたらバレたでなるべく事が大きくならないようにしながら、日々発展している」
という一面があるのです。
ところで、前世紀においてもそれなりに企業不祥事が発生しその度に大々的に報道されていましたが、
「コンプライアンス」
という言葉が取り沙汰されることはありませんでした。
これは、すでに前世紀の遺物と化した、終身雇用制度や護送船団行政と関係があります。
すなわち、20世紀の時代、どの大企業も終身雇用制度が確立し、従業員は一生企業と付き合いを継続する家族ともいえる親密な関係を保っていました。
親が生業として悪さをしたり、不心得なことをしていても、その親の生業のおかげで日々暮らしている子供がこれを非難したり通報したりすることは考えられません。
企業の場合、子供ともいうべき立場は、従業員であり、不心得や悪さに加担し、実行しているのは従業員そのものですから、自らの行いを自ら否定して企業もろとも路頭に迷うことを選択するような奇特な人間は皆無です。
というより、そもそも、楽観バイアスや正常性バイアスが組織内に蔓延し、同調圧力も加わり、たとえ、客観的に観察すれば法令に抵触するような、品質検査不正や性能データの改ざんや、腐ったミルクや賞味期限切れの食材の利用、品質の偽装等を含む操業も、社内では誰も異常性を感じないごく普通の操業形態として認識していたため、法令違反として捉え得る契機すらありませんでした。
そして、法令違反の状況が外部に漏れるような事態に直面したとしても、なお、企業としては、それほど慌てなくて良い恵まれた環境がありました。
前世紀においては、企業にとっては、監督官庁こそが、法制定者であり、法執行者であり、紛争解決機関であり、神様であったのです。
監督官庁と緊密な関係を保っていれば、そもそも違反自体を逐一指摘されることはなかった(あるいは少なかった)のです。
万が一、違反が明るみになっても、監督官庁が
「何とかしてくれる」
という状況がありました。
企業の
「コンプライアンス戦略」
とは、法令や規制環境を調査することでも、法令遵守を徹底させるための教育体制やマニュアルを整備することでも、困った問題があれば弁護士に相談することでもありません。
前世紀における企業においては、
「何でも監督官庁によく相談する」
ことこそが
「コンプライアンス」
だったのです。
しかしながら、護送船団行政システムが終焉を迎え、徹底した規制緩和が行われました。
その結果、監督官庁の立場・役割は、
「法を制定し、解釈し、運用し、紛争を解決するオールマイティの神様」
から、
「法令を執行するという単純な役割(とはいえ、これが本来の役割ですが)」
に変質することになったのです。
反面、企業の負荷は増えました。
「何でも気軽に相談できる面倒見のいい神様」
がいなくなり、自前で法令を調べ、わからなかったらコストのかかる弁護士や法務部に聞き、さらに心配であれば面倒くさい事前照会制度(ノーアクションレター)を活用しなければなりません。
揉めごとが発生しても、気軽に課長や局長に面会して泣きつくことはできず、費用を支払って弁護士に弁護してもらわなければならなくなったのです。
役所の庇護から離れた企業は、
「法」
と正面から向き合うことが要求されるようになりました。
企業は、自らのコストで法令遵守や法に関連するトラブル一切を取り仕切ることが求められるようになったのです。
ここに至り、日本の産業界は、自らの費用と責任で、経営の合法性・合理性を確保する必要に迫られ、経営上の意思決定を行う上で、法務専門家(社内の法務マネージャー・スタッフや、顧問弁護士)の意見・判断を経由するようなプラクティスが生まれ、発展してきたのです。
著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所
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