00868_「正解や定石のないプロジェクト」の戦略を立案し、戦略的に遂行する5: 正しく課題をみつける

「正解や定石がなく、常識が通用しない、イレギュラーでアブノーマルなプロジェクト」
を進める上で、
状況を正しく認知・解釈し、
環境や相場観を把握し、
そして、
現実的で、達成可能で、経済的に意味のある目的が設定された、
としましょう。

また、その目的は、
「あいまいで、多義的な解釈を招く、目的」ではなく、
「具体的な完成予想図」であり、
「成功時の未来の姿を具体的にイメージしたもの」であり、
しかも、
しびれるくらいわかりやすく、
「どんなに、理解力不足な、妄想力豊かな、アホでも、勝手な独自解釈をしでかしようがない」形でプロジェクトメンバーの間で共有される状態になった、
としましょう。

もちろん、
「楽観バイアス」
を徹底的に排除して、自分に都合よく解釈できる要素は皆無となり、そのうえ、成功者や達成した経験者の話をよく聴いて、悲観シナリオやプランB(予備案、バックアッププラン)も含めた、保守的で、現実的で、堅牢な二次目的も設計・設定・具現化された、とします。

じゃあ、
「そろそろ、目的を達成するために、目的から逆算した手段構築に入るか」
というと、まだ早いのです。

目的が正しく設計・設定・具現化されたあと、次に行うべきことがあります。

それは、
「正しく課題をみつけること」
です。

よくある戦略の誤りというのは、課題抽出をせずに、いきなり段取りを組みはじめ、実行着手することです。

「ストレステストをせず、原発をおっ立てて、後から、津波が来て、深刻な厄災を撒き散らしちゃった」
という話も、要するに、
「課題発見プロセスがあることを知らなかった」か、
「そのようなプロセスを無視ないし軽視した」か、
「課題を探索するのが面倒くさいので、やっつけで、課題探索を適当に手を抜いておざなりにして、とっとと原発作りをおっ始めた」か、
のいずれか又はすべてが原因であろう、と推察されます。

どんなに状況や環境が正確に認識され、具体的で合理的でシビアな目的が設計・設定・具現化されたとしても、課題がよくわかっていない、あるいは課題がないと信じてしまい、不安要素や都合の悪い事象や障害を無視したり見て見ぬふりをしたりして、いきなり取りかかれば、大きなプロジェクトは確実に失敗します。

そもそも、人間や組織は、ミスを犯すものです。

ミスから端を発したことがエラーとなり、エラーがリスクとなり、リスクが事故ないし事件となり、事故ないし事件が、やがてプロジェクトオーナーと関わった関係者全員を、奈落の底に突き落とし、皆を破滅させます。

金融の世界で、“ブラック・スワン”と呼ばれるものがあります。

スワン(白鳥)というのは、その名の通り、白い鳥です。

「黒い白鳥」
なんて、ありえない。

ヨーロッパで、
「滅多に発生しないこと」
「ありえないこと」
「起こり得ないこと」
を表す諺として、
「そんなのは黒い白鳥を探すようなものだ」
というものがありました。

そうしたら、1967年にオーストラリアで本当にブラック・スワンが見つかってしまったことから(カラスやカモや雁ではありません)、
「起こりえないことが起こった」
ことを表す言葉として使われるようになったというものです。

日本風に言い直しましょう。

よく
「絶対できないこと」
の喩えとして、
「ヘソで茶を沸かすようなことだ」
といいます。

ここに、
「黒田鳥男(仮称)」
という方がいたとしましょう。

黒田さんは、腹部に高温を発する異常体質をお持ちで、実際、寒い日には、ヤカンを腹部において、お湯を沸かし、紅茶を作って飲んでいる、ということが、ニュースで報道され、日本人全員が
「ほんまに、ヘソで茶を沸かす奴がいよった!」
「ありえへんこともあるもんや」
としみじみと言い合った。

そんな趣の話が、
「ブラック・スワン」
です(もちろん、話をわかりやすくするための喩え話です。某国大統領のように「お前のは偽ニュースだ」とか言わないでくださいね)。

このように、マーケット(市場)において、事前にほとんど予想できず、起きた時の衝撃が大きい事象のことを
「ブラック・スワン」
といいますが、その最近の代表例が、サブプライムローン危機(リーマンショック)です。

この事件は、
「誰も予測、想定できなかった」
などといわれます。

しかし、当時の社債利回り(AA格)を国債の利回りとの比較(社債の対国債スプレッド)の推移で見ると、アメリカやEU等では、2007年夏以降、拡大していくという異常状況がありました。

すなわち、エラー・メッセージは存在したのであり、このエラーをきちんと認識・評価していれば、ブラック・スワン(ヘソで茶を沸かす異常体質の黒田鳥男(仮称)さん)が発見されうることも予測できたと思います。

ただ、人間には、正常性バイアスと言われるものもあり、ブラック・スワンの予兆があっても、
「これは何かの間違いだ」
「黒い白鳥なんているわけないだろ」
「ヘソで茶を沸かす奴がいる? それは偽ニュースだ!」
というバイアスをかけて、情報解釈を歪める心の動きが備わっている、ということであり、それこそが最も恐ろしい事態を招く“人間の脳の欠陥”なのです。

物事を正しく進め、成果を出すためには、さらに言えば、新規事業立ち上げやM&Aや事件対応や有事(存立危機事態)対処のように
「正解も定石もなく、常識が通用しない、イレギュラーでアブノーマルなプロジェクト」
を成功させるためには、失敗の予兆を、事前に、正しく、具体的に予測し、対策をしておくことが必要です。

すべての事件や事故は、
「ある日突然、火星人が大挙として襲来して、地球を爆発させ、地球が3秒で消滅する」
といった趣の、サドンデス(突然死)のような形で発生するわけではなく、ほぼ確実に、失敗の兆候、すなわち、エラー・メッセージが存在します。

突然、ブラック・スワンが発見されたかのように受け取られ、皆が驚愕してひっくり返るのは、すでに存在していたエラー・メッセージを
「見て見ぬふり」
をする、という情報解釈をしてしまう心の歪み(正常性バイアス)があるためです。

「プロジェクトマネジメントにおける知性とはどういうものでしょうか?」

理数系の学部で学ばれた人の中には、
「エラーや異常値がいくつかあっても、全体を統合する美しい仮説や理屈や自然法則が絶対に存在するはずだ」
というロマンチックな妄想に冒されてしまっている方もいらっしゃいます。

無論、そのような思考も人類社会の発展のためには、絶対必要です。

しかし、生臭くて欲にまみれた人間が集う企業社会でのカネや権利をめぐるプロジェクトにおいて、この種のロマンチックな妄想は、危険有害極まりない代物といえます。

「細部の破綻があっても大丈夫。そんなものには目をつぶるべきだし、誤差や異常値など見えないふりしてしまえ。性善説や科学的合理性というバイアスを使って、全体を正常かつ健全に統合してモデル化し、そのことをもって、満足し、先に進むべきだ。仮説に反する有害な現実は、異常値や誤差やバグとして、シカトしちゃえばいい話」
といった考えをもつ人間が、プロジェクトの責任者となったら、やがて、そのプロジェクトに関わる人間全員が破滅を味わいます。

「些細なミスやエラーがリスクにつながり、リスクが事件事故につながり、事件事故が破滅につながる」
のです。

ホニャララ細胞も、各種研究不正も、このような発生経緯から、やがて、関係者を破滅に導く厄災に至ったのではないでしょうか。

ホニャララ細胞の事件では、我が国を代表する科学者の自殺という事件まで発生し、有為かつ貴重な人的資源が我が国から奪われました。

さらにいえば、人類史上に残る厄災となった福島原発事故も、
「細部の破綻があっても大丈夫。そんなものには目をつぶるべきだし、誤差や異常値など見えないふりしてしまえ」
という、科学者やエンジニアの愚劣な奢りに根源的原因があると考えられます。

当初の疑問に戻ります。

「プロジェクトマネジメントにおける知性とはどういうものでしょうか?」

それは、課題発見能力と同義です。

1の不安要素から10のネガティブな未来を予測し、イメージできる能力です。

些細なミスやエラーを発見特定し、増幅した姿を想像でき、これを、プロジェクトチーム内で共有できるように、ムカつくくらいリアルかつ具体的かつ残酷に表現できる力です。

「そんなにネガティブで不愉快な未来を予測ばかりしていては物事が前に進まない。不安要素や都合の悪い事象や障害は、無視し、見て見ぬふりをし、そんな不愉快な出来事が出来しないように神に祈ろう。」
なんてことを言い出すバカがプロジェクトチームの中にいるだけでプロジェクト成功は遠のきます。

ましてや、こんなバカが、プロジェクトを主導していると、チーム全員、身の破滅を味わうことになります。

「そうやって、悪態ばかりついていたら、プロジェクトなんか一つも達成できないぞ!」
という怒りの声が聞こえてきそうです。

だったら、やめりゃいいだけです。

別の、もっとマシで、冒険性やギャンブルの要素がなく、
「1万円札を3000円で買ってくるような、安全でラクな儲け話」
を探せばいいだけです。

2017年3月に天下の名門企業、東芝が、存続危機に見舞われる窮地に陥っています。

現在のしくじりの最も大きなポイントは、原発を作るアメリカの会社を買収した後、当該会社の子会社が現地の会社と原発プラント建設契約を締結する際、追加コストをすべて背負い込む契約を締結してしまい、儲かるどころか、膨張し続けるコストをすべてしょわされた、というアホな失敗が原因です。

東芝はどうすればよかったのか?  

簡単です。

「買収したら、連結会計上、買収した会社の負債も面倒を背負い込む危険がある」
「買収したら、買収した会社やその子会社をきちんと監視しておかないと、とんでもないバカな案件を取り扱っている可能性がある」
「どんなに目先の話として魅力的でも、追加コストを青天井で背負い込むような危険な契約はわざわざ呑まず、失注した方がまだマシ」
とエラーを増幅して理解し、バカ高いのにそんなエラーが紛れ込んでいるアホな買収話や買収後の取引提案、一蹴して取り合わなかったら、よかったのです。 

「そんな消極の安全策ばかりでは、東芝の未来は築けない」
なんてバカことを言うバカな人間の話など無視して、半導体事業をしっかりやっていたら、何の憂いもなく、今頃、高笑いできていたはずです。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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