2 裁判実務と整合しない
コンプライアンス法務(内部統制システム構築・運用法務)の具体的内容を詳細に論じた大和銀行ニューヨーク支店事件判決は、性悪説を前提に、
「取引担当者が自己又は第三者の利益を図るため、その権限を濫用する誘惑に陥る危険性がある」
ことを指摘し、
「このような不正行為を未然に防止し、損失の発生及び拡大を最小限に止めるためには、そのリスクの状況を正確に認識・評価し、これを制御するため、様々な仕組みを組み合せてより効果的なリスク管理体制(内部統制システム)を構築する必要がある」
と述べ、取締役が善管注意義務の履行による免責を主張する場合のコンプライアンス対策として、リスク・アプローチによる管理の仕組みが必要としています。
「法令・倫理一体説」
に基づくコンプライアンス法務(内部統制システム構築・運用法務)は
「役員・従業員性善説を前提とした企業倫理向上策」
をその中核としますが、このような体制は、裁判所が想定する
「効果的なリスク管理体制」
と逆の方向性を持つものと考えられます。
すなわち、
「役員・従業員性善説を前提とした企業倫理の向上策」
をコンプライアンス法務(内部統制システム構築・運用法務)として実施した企業において法令違反不祥事が発生し、取締役の内部統制システム構築義務違反が問われたケースを想定します。
この場合、大和銀行ニューヨーク支店事件判決を嚆矢とする多くの裁判例の考え方にしたがいますと、
「役員・従業員性善説を前提とした企業倫理の向上策」
なるものが、
「取締役の善管注意義務違反を免責に足るだけの実質を備えたか否か」
を厳しく評価されることになります。
そして、上記裁判例の考え方を適用する限り、
「役員・従業員性善説を前提とした企業倫理の向上策」
は、
「リスクの状況を正確に認識・評価」
しておらず、またリスクを
「制御するため、様々な仕組みを組み合せ」た
「効果的なリスク管理体制(内部統制システム)」
ではないと判断される可能性が高く、たとえ企業倫理向上策を採用しても、取締役は肝心の場面で免責を受けられないという危険が生じます。
1997年に問題となった総会屋の利益供与事件(「海の家」事件)の後、三菱自動車が採用した方策は、企業倫理をコンプライアンス(内部統制システム構築・運用)の有力な手段と位置づける見解に基づくものでした。
しかしながら、次の図表のとおり、このような企業倫理による統制が全く機能せず、その後同社は数次にわたる欠陥隠蔽を行い、企業価値を大きく減じることになりました。
このように、企業倫理の社内教育等の
「役員・従業員性善説を前提とした企業倫理の向上策」
なるものが不祥事の予防・防止として有効な仕組みでないことは、経験則上もすでに明らかとなっています。
著者としても、企業が倫理観や誠実性を持つことは重要であると考えますし、そのこと自体、否定するつもりはありません。
しかし、企業法務活動を議論する上では、コンプライアンス法務(内部統制システム構築・運用法務)は、企業倫理とは明確に区別されるべきであり、倫理という非法律的課題を企業法務活動に取り込むことは、企業法務の現場に混乱をもたらすだけで、有害かつ無益であると考えざるをえません。
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著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所
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