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本ケーススタディ、治療院経営者のためのケーススタディでは、企業法務というにはやや趣がことなりますが、治療院向けの雑誌(「ひーりんぐマガジン」、特定非営利活動法人日本手技療法協会刊)の依頼で執筆しました、法務啓発記事である、「“池井毛(いけいけ)治療院”のトラブル始末記」と題する連載記事を、加筆修正して、ご紹介するものです。
このシリーズですが、実際事件になった事例を題材に、「法律やリスクを考えず、猪突猛進して、さまざまなトラブルを巻き起こしてくれる、アグレッシブで、怖いものを知らずの、架空の治療院」として「“池井毛治療院”」に登場してもらい、そこで、「深く考えず、あやうく大事件になりそうになった問題事例」を顧問弁護士の筆者(畑中鐵丸)に相談し、これを筆者が日常行っている語り口調で対応指南する、という体裁で述べてまいります。
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相談者プロフィール:
「池井毛(いけいけ)治療院」院長、池井毛(いけいけ)剛(ごう)(48歳)
相談内容:
鐵丸先生、ウチに芳年川(ほねかわ)って受付の女の子がいたでしょう。
彼女は2年前に
「体を壊して仕事を続けるのが難しい」
ってことで突然辞めたのは、先生もご存知ですよね。
芳年川嬢が、最近になって役所勤めの兄貴と一緒にやって来て、
「整体師の木偶(でく)のマッサージの練習台にされたせいで腰が悪くなって、整形外科医に通い続ける羽目になり、痛いし、鬱になるし、不眠症は続くし、仕事はできないし、大変な事態になっている。通院している整形外科医の話では、まだまだ治療に時間がかかる、とのこと。治療代と休業損害として1000万円払え!」
と無茶苦茶なこと言ってきて困っているんです。
施術をした時は芳年川嬢も
「タダでマッサージしてもらって、ラッキー」
って言って全面的な同意をしていましたし、
「こんな具合の力加減でマッサージするんだ」
という形で私が指導していました。
その後、私は患者宅での治療があったので木偶に任せその場を離れた後で、芳年川嬢が
「アンタ、ホントに押してんの? 全然マッサージになってないわよ!」
と言ったとかで、木偶はちょっと強めに腰部を押したようなんです。
そしたら、今度は、芳年川嬢は、
「グェエエ!」
と痛みを訴えたので中止したようなんです。
それが原因で急性腰痛症になったようなので、翌日から10日間ほどは応急治療をしたものの、その間、芳年川嬢は足を引きずっていました。
後で判ったことですが、芳年川嬢には腰椎椎間板症の既往症があったんですよ。
マッサージの際、芳年川嬢はそんなこと一言も言っていないし、何より同意してますからね。
ちょっと強めと言っても1回だけ。木偶も、小柄で華奢な体形で非力な女性です。
それに、うつ伏せの芳年川嬢に馬乗りではなく、脇に立って腰をマッサージしたに過ぎませんから。
私としては、まったく納得がいきません。
先生、こんな理不尽な話、応じなきゃならんのですか?
モデル助言:
同意を得た練習であったとはいえ、施術相手に既往症があるか否かは問診義務の内容として確認すべきであることには間違いないですね。
問診義務違反を明示的に認めたものではありませんが、こういう裁判例(平成23年6月16日、甲府地方裁判所判決)があるんですよ。
今回の池井毛さんと同じように、ある整骨院の新人整体師(以下「新人」)が事務員(原告)に対してマッサージの練習をした結果、事務員が急性腰椎症等の傷害を負った事件で、この整骨院の院長が使用者責任を問われ、被告となりました。
華奢な体形の女性新人が、わずか1回強めに、ただし強めといっても脇に立って腰をマッサージするという体勢のためさほど力を入れない施術。
その程度で2年もの通院治療を要する腰部の負傷が生じることは通常はない…のですが、本件では、院長が翌日から10日間ほどは応急治療をし、その間、事務員は足を引きずるようなこともあったんだから、急性腰痛症等は本施術が原因でもあると裁判所は判断したんです。
この原告・事務員は施術前から腰椎椎間板症の既往症を抱えていました。
被告・院長は、本件施術の際、事務員が
「その既往症があったことを一言も言っていない」
「何より同意している」
として、相手にも責任があるので、過失相殺を主張したのです。
ところが、裁判所は、問診をせずに施術を行った行為は不適切であるとし、さらに、過失相殺については、
「原告が腰に持病があって治療を受けていたことを告げなかったことは、本件施術が筋肉をほぐすマッサージであったことにかんがみれば、過失相殺として考慮するのは相当でなく、また合意して練習相手になったとの点についても、本件施術に至る経緯が、被告院長の命令ないし指示によるのか被告施術者と原告との私的な約束に過ぎなかったのか必ずしも明らかではないが、施術を持ちかけたのは被告・施術者の方であるし、自身の技量向上のための練習も兼ねていたのであるから、原告の同意を過失相殺事由として考慮するのは相当ではない」と判断しました。
結果、被告院長と被告施術者は、原告の被った急性腰痛症等の治療費等の損害として、一旦、575万円の損害額の支払義務がある、とされました。
本裁判例では明示されていませんが、一言で言うと、たとえ、通常の診療時間外の、手技向上のための練習であっても、通常の患者に施術する場合と同様に既往症等の有無を確認すべきであったということです。
ところで、本裁判例では、最終的にどんでん返しがあり、原告の請求は棄却されています。
すなわち、一旦は認められた損害賠償責任につき、裁判所は、
「他の素因と競合を前提に」
認める、つまり、被告が問診せずに施術しなかったのはまずかったものの、既往症に起因する症状が今回の施術により受けた痛みで再発し治療を長期化したにすぎないとして、損害額から70%もの大幅な減額をし、すでにこの損害に相当する金銭は労災保険による障害補償一時金により填補されているので、賠償不要としたのです。
まぁ、今回の件も、素因減額等の話を持ち出し、見舞金程度でカタをつければいかがでしょうか。
とはいえ、今後、この種の診療時間外の仲間内の練習であろうが、善意で友達に施術するのであろうが、実際の診療と同様、しっかり問診を行い、既往症の確認をするようにしてください。
法律上、委任は、無料であっても、善管注意義務が生じますので、
「タダでやったんだから、文句は言うな」
という言い訳は通りませんので。
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著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所
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