01586_企業法務ケーススタディ(No.0370):治療院経営者のための法務ケーススタディ(10)_「やる気がなく、内部告発をすると脅す、どうしようもない中途採用の社員」をすぐにクビにしたい!

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本ケーススタディ、治療院経営者のためのケーススタディでは、企業法務というにはやや趣がことなりますが、治療院向けの雑誌(「ひーりんぐマガジン」特定非営利活動法人日本手技療法協会刊)の依頼で執筆しました、法務啓発記事である、「“池井毛(いけいけ)治療院”のトラブル始末記」と題する連載記事を、加筆修正して、ご紹介するものです。
このシリーズですが、実際事件になった事例を題材に、「法律やリスクを考えず、猪突猛進して、さまざまなトラブルを巻き起こしてくれる、アグレッシブで、怖いものを知らずの、架空の治療院」として「“池井毛治療院”」に登場してもらい、そこで、「深く考えず、あやうく大事件になりそうになった問題事例」を顧問弁護士の筆者(畑中鐵丸)に相談し、これを筆者が日常行っている語り口調で対応指南する、という体裁で述べてまいります。
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相談者プロフィール:
「池井毛(いけいけ)治療院」院長、池井毛(いけいけ)剛(ごう)(48歳)

相談内容:
先生、もうクビですよ、クビ。
今年の4月に、当治療院に入ってきた人間のことです。
大卒で、
「メーカーに入社したが、どうもサラリーマンが肌に合わない。カネためて、柔道整復の専門学校に通って、資格とって、開業する。そんな夢をもった人間です。よろしくお願いします!」
なんて、キラキラした目で訴える。
それで、採用したんですがね。
ところが、なんというか、ゆとりですよ。
常識がない、挨拶ができない、空気が読めない。
遅刻、サボり、スマホいじり、どうにもこうにもダメなんですよ。
「いい加減にしろ」
って言ったら、泣き出す。
励ます意味も込めて飲みに連れて行ったら、
「これって残業代でるんですか?」
って、こりゃ駄目だ、と思って、解雇を言い渡したところ、
「パワハラがあった、保険の不正請求を発見して、告発をしようとしたところ、報復で解雇された」
とか、あることないこと言い出し始めた。
「退職金として、数カ月分の生活費見合いの解決金で手を打ってもいいです。でなきゃ、裁判で徹底的に争います」
とぬかしやがる。
先生、裁判でもなんでも来いってことですよね。
「ふざけんな!」
と言ってやって下さい!

モデル助言:
まず、
「解雇」
について、
「日本の労働法の規制環境ないし運用の相場観」
がどのようなものなのかを、ご理解いただく必要があります。
「デキナイ従業員のクビを切るのは自由」
なんていう誤解を前提に、過激な対応をしてしまい、裁判沙汰に巻き込まれると、敗訴して大恥をかいた揚げ句、裁判所から多額のバックペイ(給与の遡及払)をさせられることにもなりかねません。
労働契約法16条は、
「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用(らんよう)したものとして、無効とする」
と明文で規定しております。
この条文は、昭和50年代に出された複数の最高裁の判決で示された
「解雇権濫用法理」
といわれる著名な判例法理、すなわち、
「書かれざる不文律であったルール」
を法律の明文として昇格させたものです。
すなわち、従業員をクビにするルールないし作法は、昭和の時代からまったく変わっていないのです。
最高裁まで争われた挙げ句、企業側が敗訴した
「高知放送事件」(最高裁昭和52年1月31日判決)
というものがあります。
これは、ラジオ局のアナウンサーが、
1 宿直勤務で寝過ごし、10分間のニュース番組を放送することができなかった
2 この2週間後、再度寝過ごし、10分間のニュース番組を、5分間放送できなかった
3 2回目の寝過ごしの際、上司から求められた事故報告書に、事実と異なる内容を記載した(ウソを書いた)
という、(トンデモなく非常識で、会社に重大な損害を与え、しかも反省する様子も伺えない)アナウンサーの解雇について、その適法性(解雇が適法有効か違法無効か)が争われました。
誰もが
「これはヒドイ! 迷惑極まりない!」
と思うケースですが、最高裁は、
「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない」
として、
「解雇は違法無効」
とされてしまいました。
映画やドラマの世界で、
「今すぐクビだ! 今すぐ出てけ!」
なんていうセリフを言う場面がありますが、解雇は、
「客観的に合理的な理由を欠く」
典型的な状況であり、解雇という措置は、法律上到底許せない
「蛮行」
となります。
解雇が認められるのは、殺人や傷害、横領背任などの犯罪行為や、それに準じるような非違行為を従業員がした場合くらいです。
ちなみに、百歩譲って、上記解雇に法律上の解雇理由があったとしても、労働基準監督署から解雇予告除外のための事前認定をもらわない限り、解雇は1カ月先にするか、1カ月分の給与(予告手当)を支払わないと、手続き上、
「即時解雇」
をすることができません。
日本では、一旦
「ヒトを雇う」
という契約をすると、その解消は、ほぼ不可能といっても過言ではないのです。
このように、法令環境における
「相場観」
「スタートライン」
は、
「解雇なんて、まず無理! 絶対に無理! 裁判所は、解雇を認めてくれない!」
という点をご理解いただけましたでしょうか。
以上を前提に、
「能力が低い、どうしようもない従業員」
との雇用関係解消の方法について、ご説明します。
このように、解雇は
「もともと絶対に無理」
というのがスタートラインであり、非常にハードルが高いため、訴訟はあまりお勧めできません。
スマートに対象者とお別れする最も推奨される方法は、
「訴訟を避け、従業員から退職届を出してもらう」
ことにつきます。
解雇には様々な規制が及んでいるところですが、
「従業員が嫌がっているのに、会社が『解雇』という一方的な意思表示をすることで、勝手に契約関係を消滅させる」
という、会社からの一方的都合で実施されるからこそ、厳しく法律で規制されているのです。
他方、従業員側が自主的に、会社との雇用関係を消滅させることはまったく自由であり、そのような形での雇用関係の消滅には、法律は一切介入しません。
男女関係をスマートに解消し、相手と自分が傷つくことを最小限にする方法として、
「相手方が愛想を尽かせて、相手方からフラせる」
方法が推奨されると聞いたことがあると思います。
雇用関係の解消も、同様に進めることができれば、カドを立てずに目的が達成できることになります。
忙しいから、人手不足だから、というだけの理由で、能力や適性を考えず、
「目がキラキラしてやる気がありそうで、前向き」
というだけで誰でもかれでも採用する、という姿勢自体、考え直したほうがいいかもしれませんね。

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著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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