01642_法律相談の技法8_初回法律相談(2)_相談者へ「ゲームの環境、ゲームのロジック、ゲームのルール」を教示し、啓蒙する

相談者が直面している事実ないし状況及びそこに至る経緯について、証拠資料(事実の痕跡)の有無や信用性の程度も含め、確認され、また、過誤や齟齬や虚偽や誇張が介在する蓋然性を前提としたストレステストを加え、大まかな客観的状況を把握できたとします。

次に、行うべきは、
「相談者が求めるゴールを達成するゲーム」
について、
「ゲームの環境、ゲームのロジック、ゲームのルール」
を教示し、相談者を啓蒙するプロセスを行います。

1 相談者が現在置かれている不愉快な状況を改善し、相談者が望むようなあるべき状況に至ることが、法律や裁判制度を用いて、実現できるのか否か
2 実現できるとして、どのような課題が障害として立ちはだかるのか
3 当該課題をクリアするためにどういうルールの下、どういう営みを行う必要があるのか
4 一般的な実務の相場観として、課題がクリアできる蓋然性があるのか、クリアするとしてどういう資源動員負荷が生じるのか
5 総じて、改善を期待することができるのか、そもそも不可能あるいは難しいのか
という点について、理論上、経験上の裏付けをもとに、相談者に解説することになります。

法律の実体面の分析としては、いわゆる法的三段論法を活用して、
「相談者が現在置かれている不愉快な状況を改善し、相談者が望むようなあるべき状況にもっていくことができるのか」
ということを検証・判断し、解説しますが、その際、類似事例のケーススタディを提供することが、推奨されます。

条文と理屈だけであれやこれや述べても、相談者からすれば、今ひとつ現実味をもてません。

特に、悲観的な見立てを伝える際、
「先生の言うことは所詮理屈。やってみないとわからないではないか」
と反論されてしまいます。

百聞は一見に如かずではありませんが、千の理屈より1つの先行事例を示すことが、不毛な議論と憶測を遮断するのに有益です。

ネットリサーチや新聞記事検索、判例検索、専門家の書いたケーススタディを探し、こういうったものを、印刷して、提示することが、もっとも簡単で、有益です。

筆者の場合、本企業法務大百科に記したケーススタディを用いて、事件解決相場観を伝えることが多いです。

手前味噌となりますが、筆者の執筆したケーススタディは、平均的知性と教養があれば誰でも読解できるプレイン・ランゲージ(平易な日常用語)で記述しており、また、無駄に期待値を高めるような楽観的な結末ではなく、紛争実務や裁判実務を踏まえた現実的な結論や帰結に導いており、期待値制御という点でも有益と考えるからです。

以上は、実体的なゲームの環境を述べるにとどめます。

同種の先行事例で成功したものがあるから、といって、相談者の事例についても当然成功するとは限りません。

まず、裁判例といっても、法律とは異なり、特定の事例について一般的かつ普遍的に解決する基準として適用されるものではありません。

すなわち、裁判所という司法権を取り扱う権力機関は、裁判体毎に他の干渉を配して、独立した専制君主国家並の権力を有しています。

もちろん、
「当該事件の事実認定と法適用」
という局面に限定したものですが。

平成25(2013)年時点のデータですが、裁判官の定員は、高裁長官8人、判事1,889人、判事補1,000人、簡裁判事806人であり、最高裁判所裁判官15人を含め、合計3,718人です。

裁判体としては単独体もあれば合議体もあり、その組み合わせはいくつもありますが、
こと「司法権を行使する国家機関」
としては、日本には、数千単位の
「(上司や上級機関も含め、他から一切の干渉を受けない)独立専制君主国家」
が存在しますし、当然ながら、同じ事件(同じ事実関係と同じ証拠)であっても、
事件を裁く「独立専制国家」
が異なれば、まったく違った事実が認定され、まったく異なる形で法が適用され、まったく違った結論になる可能性はあります。

その意味では、裁判例といっても、日本国内に数千単位で存在する司法権という国家権力を行使する
「独立専制君主国家」の「トレンド」
を示す程度の意味しかなく、解決相場観の把握の一助にはなっても、目の前の事件に適用され、展開予測の根拠として使える、というわけではありません。

このように、同じ事実関係といっても、担当する裁判体が違えば先行する裁判例とはまったく違った展開になることもありますし、加えて、事実は類似しても、証拠の強弱や全体としての経緯や利害状況が異なっていたり、プレゼンする弁護士のスキルや投入する労力の多寡も影響するので、相談者の事例について有利な展開予測を示唆する裁判例やケースがあったとしても、
「裁判は水物」
の格言どおり、結果の予測はあくまで蓋然性にとどまります。

要するに、証拠の有無や証明力の程度に大きく左右されますし、
「裁判では何でもあり」
という過酷なゲーム環境においては、番狂わせも頻繁に起こりますので、実体的な解決相場観とは別に、現実の実務遂行面での各種ゲームロジックやゲームルールや相場観を含めて、相談者に教示し、その上で、ゲームの展開予測や期待できるゴール等を伝えることになります。

そして、現実的な見通しを提示する場合、相談者にとっては
「受け入れがたいほど不愉快な悲観的で保守的な見通し」
と認識され、啓蒙に難渋するという事態も頻繁に発生します。

「お人好し」
「楽観的」
「物事を安易に考える」
「脇が甘い」弁護士の方で、
「客観的状況」の深刻さ
を分析することなく、
「こうあるべき」
「こうだろう」
「こうなるはず」
などを連発し、依頼者を無責任に鼓舞して、無闇に期待値を高めるような方もいます。

そして、こういう方は、
「ゴールをあいまいにしたまま、依頼者の意図を実現するための法的環境を無視して、とりあえず手続に着手し、様子をみようか」
などという無責任・無定見なことを平気でやります。

こんな仕事をしていてうまくいくはずがなく、無残に失敗し、最後に依頼者に迷惑をかけてしまいます。

「頼もしそうな」弁護士
というのもクセモノです。

相談の席で
「勝てます」
「その権利は認められてしかるべき」
などと自信をもって語る弁護士は、たいそう頼もしくみえます。

ですが、その種のことをいうのは、単に弁護士が事件遂行上の課題を理解していないことによることが多く、
「頼もしそうにみえる弁護士」
は、紛争経験値の欠如による、根拠なき自信を有しているだけ、ということがあります。

実際、着手前に
「これは勝てるし、勝つべき事案だ」
「私に任せれば大丈夫」
などという無責任なことを平気で言っていた弁護士が、慢心から想定すべき事態を考慮せず、前提が次々と崩れる中、挙げ句の果てに依頼者から
「着手金泥棒」呼ばわりされる
といったこともよくあるようです。

以上とは逆に、物事を真剣に堅実に現実的に考える弁護士ほど、厳しいゲーム環境を看取し、過酷なゲームロジックやゲームルールを前提として、悲観的で保守的な見通しを伝えることが多いのですが、相談者からすれば、話としては理解できても、まったく納得できず、誠実に、堅実に見通しを伝えようとすればするほど、慣れていない相談者の忌避と反感を買い、溝が深まっていくことになります。

相談対応する弁護士とすれば、このようなコミュニケーション断絶事例が頻繁に生じることを的確に予測し、特に、相談者に不愉快な帰結を伝えるときには、
「物事を難しくみせかけることによって着手金を高くしようとする魂胆だ」
「やりたくないから、自信やスキルがないから、臆病風に吹かれているだけ」
「期待値を下げて、仕事の困難さをアピールしたいから、三味線を弾いてる」
などと邪推されないためにも、先行事例や裁判例等、自説を根拠づけるブツ(動かぬ実例)を提供して、誤解を避けるべきです。

なお、相談者の中には、そこまで啓蒙に努めても、
「1つの話としてはある程度理解しても、まったく納得できず、誠実に、堅実に現実に即した見通しを伝えようとすればするほど、忌避と反感を強めた挙げ句、不愉快さが昂じて、席を蹴って帰る」
という方もいます。

そういうときは、無理せず、去る者は追わずで、相談者が離れるままにするべきです。

筆者は、このように、暗い見通しを忌避して相談を中断する依頼者を引き止めずに望み通りお帰りいただくことを、
「放流」
と呼んでいます。

放流した相談者は、他の楽観的見通しを述べる弁護士を探す旅に出て、場合によっては、そのような
「頼もしい弁護士」
に依頼して、甘い見通しと、粗漏だらけの準備で、
「いきあたりばったりの出たとこ勝負」
の感覚で、適当に事件をおっぱじめるかもしれません。

しかし、鮭や鰻と同様、筆者が相談で予言ないし予測したとおりの不愉快な展開がものの見事に現実化し、相談者は、手痛い失敗とともに、筆者の展開予測の正しさを実感することになります。

尾羽打ち枯らした相談者が、
「やっぱり先生が正しかったです。お見立てどおりでした。ようやく先生のおっしゃることが判りました」
と言って、恥も外聞も捨てて、再度の相談に訪れる場合も少なからずあります。

そうした場合、筆者としては、
「言わんこっちゃない」
と嫌味を言いつつ、もともと
「半ば言い分を認めてもらえる程度の和解が可能」
といった程度の期待値しかない状況であったところ、いい加減な事件処理が介在したことで、より劣悪となった状況と低下・劣化した期待値を前提に、
「『ボロ負け・完敗』を『ほどほどの負け』にする程度」
にすることしかできなくなった状況における
「敗戦処理」
を引き受けることになります。

もちろん、このような結果は、啓蒙を拒否して、自らの誤った考えにしたがい、誤った行動によって、時間とコストとエネルギーと機会を喪失した相談者の自業自得、自己責任、因果応報ですので、相談者自身が引き受けるほかないのですが。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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