企業法務担当者としての役割は
「法的リスク」
の認知・発見・対処です。
ここで、企業法務担当者としてのスキルのもっとも起点となる重要なものは、
「法的リスク」
の認知・発見です。
認知・発見できれば、管理・制御・(有事)対処はたいしたことありません。
もちろん、自分でリスクを管理・制御・(有事)対処するのは難しいかもしれませんが、認知・発見さえできて、課題として認識すれば、最悪、顧問弁護士という外部資源に管理・制御・(有事)対処をすればいいだけですから(予算の取得と外注手配〔競争調達を含む〕と外注管理は法務固有の業務として自分でやる必要が出てきますが)。
管理・制御・(有事)対処できないのは、正しく知ることができないからです。
正しく知ることができないから管理ができない。
管理できないリスクは必ず発生し、巨大化します。
企業不祥事の多くは、
「法的リスクを、内容やその重大さや発生の蓋然性を、完全かつ正確に認識しながら、そのリスク管理に失敗して、大きなトラブルに発展した」
という経過を辿るわけではありません。
企業不祥事の大半は、
「法令やリスクの存在をそもそも知らなかったり、あるいは知ったかぶりや楽観バイアスが働いて正しく知ることができなかったり、知っていてもその重大性や発生蓋然性を正しく評価できない」
↓
「そして、それゆえに、管理という意識すら働かず、リスク管理不在のまま、慌てふためいて、手を拱いて呆然としている間に、あれよあれよという間に、リスクが露見し、成長し、一気に巨大化する」
という形で発生し巨大化するのが典型的なパターンといえます。
法的リスクがひとたび現実化した場合、もちろん、そのすべてが企業崩壊に結びつくとまでは言いません。
しかし、
「大事を小事に、小事を無事に」
といった形で損害を抑止ないし軽減し、さらには、再発防止の仕組みを構築・運営し、原状に復するところまで改善するには、多大な時間とコストとエネルギーが必要となり、企業活動に対して極めて大きな悪影響をもたらします。
他方で、
「予防は治療に勝る」
という医療の格言は、法的リスク管理にもそのまま当てはまります。
すなわち
「法的リスク」
については、リスクの存在や内容や軽微の程度を正確に認識し、発生の蓋然性を計測・評価し、リスクを転嫁する、回避する、小さくする、事業の形を変えることによってリスクそのものの前提を消失させる、といった正しい管理を行えば、十分制御は可能なのです。
ヒトは必ずミスを犯しますし、日々企業の中には、エラーが発生します。
1つひとつのミスやエラーは大したものではありません。
しかし、同じミスあるいは似たようなエラーが発生し、それが是正されず、恒常的なものとなり、構造的なものとなります。
構造的なミスは、必ず、現実化し、巨大化します。
構造的なものから発生したミスはちょっとやそっとでは断ち切ることはできません。
それは、降りのエスカレーターを登るようなものです。
ミスやエラーは、やがて、リスクになり、事件になり、存立危機の事態に発展していきます。
このリスクの発生・現実化から巨大化する負の連鎖を断ち切るため、
起点・契機の段階でいかに早期に発見・認知するか、
が、法務担当者に求められるスキルです。
ところで、企業活動のプロセスで、些細なミスやエラーを発生したとき、一般の企業の役職員はこれをどう捉え、どう行動するか?
おそらく、普通の企業の役職員で、些細なミスやエラー程度で、ギャーギャー騒ぎ立てる人は稀です。
見て見ぬふり、
惻隠の情、
事を荒立てない、
武士の情け、
無関心の礼儀、
といった美しい言葉があるとおり、そっとしておくのが常でしょう。
特に、利己的な動機による不正であれば格別、会社の利益や、部署のノルマ向上改善につながるルールの無視ないし軽視は、賞賛されるかもしれません。
また、人には、
「正常性バイアス」
や
「楽観バイアス」
といった、認知の歪みが備わっており(常識的な生活を送っている社会人は、ある種、生来的な認知症に罹患している軽度の病人ともいえます)、
「エラーやミスをみても、認知すらしない」
ということもあります。
そんなこともあり、ミスやエラーが発生しても、誰も気づかないし、気づいても指摘しないし、そうやって、どんどん企業内に、恒常的に構造的にミスやエラーやそれが生じる土壌が形成されていきます。
知らないもの、気づかないもの、気づくべきであっても異常を異常と検知できなければ、直しようがありません。
もちろん、営業担当者や企画担当者であれば仕方ありません。
しかし、法的なリスク管理や企業の法務安全保障を担う法務担当者としては、気づくべき異常は異常として検知しなければ任務を懈怠したことになります。
ですので、法務担当者としては、不安に感じてください。
危険を感じてください。
ヤバイ、と思ってください。
そのような不安感受性をスキルとして実装してください。
また、不安ないし危険を感じたら、たとえ嫌われ者になっても、大声で騒ぎ立て、大事(おおごと)化してください。
それが、危機管理としてのコンプライアンスの第一歩です。
そして、その根源的前提認識として、
「人は、生きている限り、法を守れない」
「人の集合体である企業もまた、存続する限り、法を守れない」
という現実的な認識に立って、すべてのシステムを構築してください。
日々、止むこともなく発生する、ミスやエラーやリスクの存在に気づき、不安に感じ、危険に感じ、正しく評価すること。
そして、嫌われても、煙たがられても、大事にして、経営責任を負担する経営陣に伝達すること。
簡単に聞こえますが、人が深層部分で有している楽観バイアスや正常性バイアスとの戦いをしてはじめて獲得できる、スキルです。
リスクを正しく認識し、正しく怯え、正しく課題として捉え、さらに、これを組織の責任者と適切に共有することこそが、リスク管理のアルファでありオメガである、といえるのです。
著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所
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