1 「ヒト」という経営資源は「モノ」とは取扱い方が異なる
職場で使用しているパソコンが壊れてしまい、起動すらできない状態となり、修理センターに持ち込み、
「修理不可能」
といわれた場合、皆さんはどうなさいますか?
壊れて使い物にならないパソコンを後生大事に保管しておくでしょうか?
こういう場合、たいていの企業はパソコンをさっさと廃棄処分にするはずです。
では、次に、企業に勤める従業員が、いくら教えても仕事の覚えが悪く、まったく使いものにならないことが判明した場合はどうでしょうか?
「さっさと」廃棄、
いや、解雇処分できるでしょうか?
答えはNOですね。
2 解雇不自由(解雇不可能)の原則
結婚において
「結婚は自由だが、離婚は不自由」
などといわれるのと同様、法律上、雇用に関しても
「採用は自由だが、解雇は不自由」
というべきルールが存在します(解雇権濫用法理、労働契約法16条)。
上記のような法律の規定に従う限り、
「いくら教えても仕事の覚えが悪く、まったく使いものにならないことが判明した」
くらいでは解雇はできません。
すなわち、
「モノ」
であるパソコンと違い、
「ヒト」
という経営資源(すなわち労働者・従業員)については、労働契約や労働基準法を筆頭とする労働法制が従業員に対して徹底した法的保護を与えており、企業に対しては
「一旦雇用したら最後、原則として定年退職いただくまで解雇は不可能」
という、過酷なまでの対応が義務づけられています。
3 ヒトという経営資源の調達は「億単位の買物」を意味する
労働資源たる
「ヒト」
については、パソコンになぞらえると、
「一度購入したら最後、『壊れて使い物にならない』状態になろうが、年間何百万円というメンテナンスフィーを支払って、後生大事に数十年間保管し続けなければならない」
というのと同様のことが、企業に求められるのです。
平均的な大卒新入社員を例にとって考えます。
企業が、大卒新入社員を、一旦採用すると、23歳で入社し、(入社から定年直前までをざっくりと平均した年間所得としてみて)年間約500万円定年を迎えるまでの間の約40年間、支払続けることになるのです。
さらに、この社員に対しては、机や椅子やパソコンやオフィススペースや諸々用意しなければならず、この費用として、さらに年間300万円ほどかかります。
このように考えると、
「従業員を採用する」
ということは、
「(500万円+300万円)×40年」、
すなわち
「約3億2000万円の買い物をする」
ということと同義であることに気がつきます。
4 大企業はなぜ新卒社員に異常に時間とコストと労力をかけるのか
一般に大企業は、新卒社員の採用について、異常なまでの時間とコストとエネルギーをかけます。
すなわち、壊れたパソコンを買い換える場合、適当に調べて1日2日で調達購入します。
他方、新卒採用については、
「3、4億円の高額不動産を購入する」
といった趣で、約1年の時間をかけて、調査し、何度も考え直しながら慎重に判断します。
これは、大企業が、
「従業員の雇用」
という経営資源調達活動が、
「“超”高額なお買い物である」
ということをきちんと理解しているからです。
5 労務トラブルに頻繁に見舞われる中小企業の採用のいい加減さ
他方、中小企業は、実にいい加減に雇用上の意思決定をします。
人手不足になると、すぐ採用数を増やそうとしますし、採用のプロセスもいい加減で適当。
特に、中途採用に至っては、面接して、
「ウン、気に入った。明日からすぐ来られる?」
のような形で、行うことが多いようです。
こうやって、無定見に人を増やした挙げ句、
「こいつは思ったほど使えない」
「受注が減ったので従業員はこんなに一杯要らない」
といって、使えなくなったパソコンを廃棄するような感覚で、すぐにクビを切ろうとします。
前世紀においては、いまだ労働法における解雇禁止則の世間への認知浸透が不十分であり、
「使えないからクビ」
などといい渡された従業員側も、あきらめて自主的に退職し、次の就職先を探すため、とっとといなくなってくれました。
ところが、最近は、
「採用は自由だが、企業側からの解雇は原則不可」
というルールの認知が世間に浸透しはじめており、
「能力不足」
などの適当な理由で安易にクビを切ろうとしても、従業員は応じてくれません。
無理に解雇しようとすると、裁判所に訴訟や労働審判を申し立てられたり、最悪、合同労組に駆け込まれたりして赤旗が立ち、大きなトラブルに発展します。
6 労務マネジメントにおける法的リスク管理のポイント
労務マネジメントにおける法的リスクを把握する最大のポイントとしては、実に簡単な話です。
同じ経営資源でも、パソコンのような
「モノ」
と、
「ヒト」
とは、廃棄ないし処分のルールに明確な違いがあり、したがって、採用は慎重に行わなければならない、ということです(この点、中小零細企業の経営者は、「ヒト」と「モノ」の区別がついていない、ということがいえます)。
かなりネガティブな話ばかりしましたが、もちろん、もっと前向きな意味もあります。
企業というものは、あくまで人が動かすものであり、
「ヒト」
という経営資源をうまく組み合わせることにより、
「モノ」
や
「カネ」
のオペレーションの何倍、何十倍もの収益を産み出してくれます。
著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所
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