01752_ネットやSNSでの誹謗中傷への対抗策として「対抗言論」というものを聞きましたが、これはどのようなものでしょうか?また、「対抗言論の法理」とはどのようなものでしょうか?

「対抗言論」
とは、何者かが表現活動を仕掛けてきて、自らの社会的評価や経済的信用が毀損したような場合、評価や信用の低下を避け、あるいは評価や信用の回復を図ることを目的とした、相手方への反論等の表現活動です。

わかりやすい言葉で言えば、
「やられたら(裁判所に泣きつく前に、自分で)やり返す」
「言われたら言い返す」
という趣旨の、簡単な話です。

昨今の、ネットやSNSやにおける誹謗中傷事件では、企業等は、すぐさま、やれ裁判所に行く、プロ責法だ、発信者情報開示だ、削除請求だ、仮処分だ、と
「裁判所に泣きつく」方法
を検討しはじめてしまいますが、どれもこれも、うまくいかないか、うまくいくにしても、時間とカネがかかり、かつ、イタチごっことなって、際限なき資源消耗を強いられる戦いとなって、カネや資源が続きません。

なぜ、対抗言論を以て反撃する、という簡単な手法に思い至らないのか、私には不思議でなりません。

これは、別に筆者が一人で勝手に思いついて言っているものではありません。

「言論による名誉毀損に対しては、まず、さらなる言論で対抗すべきだ(The remedy to be applied is more speech)」
という考え方は、古くはアメリカのホイットニー対カリフォルニア州事件(1927年)判決でブランダイス判事が判決で述べたところに由来します。

同判決で、ブランダイス判事は、
「重大な被害がもたらされる恐れがあるというだけで、自由な言論と集会への抑圧を正当化することはできない」
「議論を通じて、虚偽や誤りをあぶり出す時間があれば、また教育のプロセスを通じて、邪悪を回避する時間があれば、講じるべき解決策は、強制された沈黙ではなく、より多くの言論である」
などと、のたまっておられます。

なお、ちょっとわかりにくいのが、
「対抗言論」
という事実としての対抗策や当該状況ないし現象と、
「対抗言論の法理」
というものとは別物です。

「対抗言論の法理」
というのは、非常に未整理な形で独り歩きしており、筆者の印象ですが、いくつかの裁判例に関して見いだされる法的な取扱や判断枠組みについて、定義をきちんと整理しない状態で、学者や研究者が、まるっと
「対抗言論の法理」
と安易なレッテル貼りを行い、議論に混乱を撒き散らしているような類のもの、というもののようです。

細かくみていきますと、

対抗言論の法理(1):そもそも、悪口言われたからといって、逐一、裁判所に泣きつくなよ。お前は子供か。言われたら言い返せ。とはいえ、あんまりひどい場合は裁判所でも面倒みるけど、という場合(法理というより、そもそもの思想・哲学・考え方)
対抗言論の法理(2):「対抗言論が出来ているなら、社会的評価が回復しているから、損害はないだろ。だから、被害者が対抗言論を行って信用回復しているなら、名誉毀損をした人間への民事責任は認めない」という言い草を「対抗言論の法理(お前、対抗言論でキレイにカウンターパンチ決まって、もう相手気絶してぶっ倒れているから、さらに損害賠償とかいる?もう必要ねえじゃん)」という場合
対抗言論の法理(3):「言論によって喧嘩をふっかけたら、相手が対抗言論を展開し、思わぬ反論を受け、それによって喧嘩をふっかけた側の名誉が傷ついた」という何とも鈍臭い状況に陥った名誉毀損の被害者(最初に喧嘩をしかけて、カウンターパンチを食らって泣いている側)が、裁判所に泣きついてきたときに、自業自得でやられちゃった情けない被害者の救済をはねのける理屈を「対抗言論の法理(お前、自分で喧嘩をおっぱじめた段階で、反論してボコられただけじゃん。『撃って良いのは、撃たれる覚悟のある奴だけ〔コードギアス 反逆のルルーシュⅢ皇道におけるルルーシュ・ランペルージの名台詞〕』なんだよ! タイマン張って負けたからといって、裁判所に泣きついてんじゃねーよ)という場合
対抗言論の法理(4):相手から喧嘩を売られて、こちらも対抗措置として対抗言論を行ったのなら、当該反論が名誉毀損に該当した場合(法律上の構成要件に形式的に該当した場合)であっても、違法性が阻却される、その際の違法性阻却事由として、「対抗言論の法理(言論の喧嘩をふっかけられて、防衛の必要性があって反撃で名誉毀損したなら、反撃の違法性はないものとして扱ってやれ)」という場合

等様々です。

対抗言論の法理(2)ないし(3)という趣旨における「対抗言論の法理」を認めた(と考えられる)事件としては、東京地裁平成16(2004)年1月26日判決において、こんな判断をしています(ちょっと長いですが、ネット上の言葉の応酬の詳細や現実をご覧いただくため、あえて引用します)。

同事件で、東京地裁は、
(1)名誉毀損性の有無
 上記1認定のとおり,被告Y1及び被告Y2は,本件各発言において,「捏造」「妄想」「破綻」「ワケわからん」「ワケわからない」「ワケわかりません」「思い込み」「アホらしい」「アホ(な)」「阿呆」「事実に反する」「事実無根」「ムチャクチャ」「メチャメチャ」「意味不明(の)」「(根拠のない)決め付け」「しょーもない」「くだらん」「矛盾」「乖離」「つきまとう」「つきまとい」「誹謗」「中傷」「誹謗(・)中傷(の人)」「(被告Y1を)貶め(る)」「執拗な」「執拗に」「恨み」「恨んだ」「自己誇大感(の強い)」「ぐずぐず」「グズグズ」「ぐだぐだ」「異様に」「異様な」「悪いほうへリード」「(狡猾な)ミスリード」「執念深さ(深い)」「執念(の)」「ストーカー」「卑劣(に)」「みっともない」「嫉妬」「ひがみ根性」「哀れ(な人)」「奇異」「(頭が・の)おかしい」「(狂信的)テロリスト」「テロ(行為)」「低脳」「狂って」「狂った」「(病院がカバーできないタイプの)異常者」「人格障害」「狂気」「心を病んだ人」「(お)バカ」「キチガイ」「サイコな人」「クズ」「サイテー」「人格異常」「脳の病気」「イカレた人」「狂人」「結局,かまってもらうのが嬉しいみたいなので,放置するしかないのかな?」「私や私の家族を殺傷しに来るとか,放火に来るとかはお断りします。」「よほど何か隠したい誘惑にかられているのかな?」「何かズルをして勝とうとしているのかな?」「不知と否認をくり返すつもりなのかな?」「「核兵器」を不発に終わらせた」「逃げた」などの表現を用いて,原告を批判ないし揶揄したものである。
 これらの表現のうち,「捏造」「破綻」「ワケわからん」「思い込み」「アホらしい」「事実無根」「意味不明(の)」「(根拠のない)決め付け」「しょーもない」「くだらん」「矛盾」「乖離」「誹謗(・)中傷(の人)」「(被告Y1を)貶め(る)」「執拗な」「自己誇大感(の強い)」「(狡猾な)ミスリード」「執念深さ(深い)」「逃げた」などの表現はともかく,「妄想」「つきまとい」「ストーカー」「(頭が・の)おかしい」「(病院がカバーできないタイプの)異常者」「人格障害」「狂気」「心を病んだ人」「キチガイ」「人格異常」「脳の病気」「イカレた人」「狂人」「私や私の家族を殺傷しに来るとか,放火に来るとかはお断りします。」などの表現は,全体として,原告が,精神障害,人格障害又は極端な人格の偏りのため,思い込みや妄想に基づいて被告Y1らを攻撃し,つきまといや嫌がらせ等の行為を執拗に繰り返す人物であるとして,原告の社会的評価を低下させ,もって,原告の名誉を毀損したものといことができる。
(2) 違法性の有無
 そこで,次に,本件各発言について違法性を阻却する事情が認められないか否かについて検討する。
 本件のような電子掲示板(BBS)において,ある者の発言(書き込み)に対して,他の者がこれに対抗的な発言(書き込み)をするという中で,議論の応酬となり,発言内容について,相手方の名誉を毀損するものであるとか,侮辱的な発言であるとして問題が生じることがある。そして,まず相手方の批判ないし非難が先行し,その中に名誉等を害する発言があったため,これに対し,名誉等を害されたとする者が相当な範囲で反論をした場合,その発言の一部に相手方の名誉を毀損する部分が含まれていたとしても,そのことをもって,直ちに名誉毀損又は侮辱による不法行為を構成すると解するのは相当でなく,不法行為を構成するのは,当該反論等が相当な範囲を逸脱している場合に限るというべきである。この相当な範囲を逸脱するものであるか否かの判断は,発言の内容の真否のみならず,反論者が擁護しようとした名誉ないし利益の内容や,当該反論がいかなる経緯・文脈・背景のもとで行われたかといった事情を総合考慮してすべきものである。
 これを本件についてみると,上記1に認定した事実によれば,原告は,原告ホームページにおける「北海道では一時停止規制の取締りは全く行われていない」という記述を被告Y1から誤りである旨指摘されたことを契機として,被告Y1らに対し,必ずしも趣旨が明確でない発言をしたり,被告Y1らを揶揄する発言を繰り返すなどして,被告Y1らを強く非難し,また,「私はギャラリーに対してのアピールを最重要視している。当事者のどちらが正しいのかを当事者同士で判断するつもりはない。」として,被告Y1らからの釈明や反論に対してはまともに答えないという対応を繰り返していたのである。そして,被告Y1は,上記のような原告の発言に対し,自らが主宰する◎◎◎が開設した本件ホームページを閲覧する読者に対し,事態の推移につき説明する必要に迫られていたということができる。加えて,本件各発言は,その表現に穏当でない部分が少なからずあるものの,原告の社会的評価を低下させる程度は必ずしも高くはなく,また,本件掲示板及びF掲示板の読者は,本件各発言が,原告と被告Y1らとの間の論争の一環としてされたものであることを容易に理解し得たものと思われる。
 これに,上記1認定のとおり,本件掲示板は,反論が容易な媒体であって,自由に書き込みをすることができ,現に,原告は,全発言者の中で最多あるいはそれに近い発言回数及び発言文字数の書き込みを行い,本件各発言に対する反論を十分行っていたこと,原告は,これまでに,本件ホームページの管理人である被告Y3に対し,本件各発言を削除するよう依頼したことはなく,また,本件訴訟をテーマとした「表現の自由とその限界」と題する公開ホームページを開設し,被告らからの中止要請にもかかわらず,本件訴訟において当事者双方が提出した書面(訴状,準備書面,証拠説明書)や,原告と被告Y1らとの電子掲示板におけるやり取りを記録した電子データ等を,実名入りで公表し続けてきたこと等の事情からすると,本件各発言は,社会的に容認される限度を逸脱したものとまでは認め難く,これを対抗言論と呼ぶかどうかは別として,不法行為責任の対象となる程の違法な行為と評することはできないというべきである。
 (3) 以上のとおりであって,本件各発言は,名誉毀損性を有するものの,違法性を欠いているから,不法行為を構成しないというべきである。

と判断しています。

本件掲示板は,反論が容易な媒体であって,自由に書き込みをすることができ,現に,原告(注:名誉毀損を受けたとして裁判所に泣きついた被害者)は,全発言者の中で最多あるいはそれに近い発言回数及び発言文字数の書き込みを行い,本件各発言に対する反論を十分行っていた」事情を踏まえると、「対抗言論と呼ぶかどうかは別として」「社会的に容認される限度を逸脱したものとまでは認め難い」として、「不法行為責任の対象となる程の違法な行為と評することはできないとした、というものです。

また、対抗言論の法理(4)という趣旨における「対抗言論の法理」としては、最高裁の判断としては、グロービートジャパン対平和神軍観察会事件での判断があります。

同事件において、東京地裁段階では、
「対抗言論の一環としてなされた批判活動は、対抗言論の法理(4)によって、名誉毀損の成立を緩めてやってもいいじゃんから、無罪でいい」
という趣旨の判断が出されたようですが、控訴審、最高裁においては、これを否定しました。

最高裁においては、
「インターネットの個人利用者による表現行為の場合においても、他の場合と同様に、行為者が摘示した事実を真実であると誤信したことについて、確実な資料、根拠に照らして相当の理由があると認められるときに限り、名誉毀損罪は成立しないものと解するのが相当であって、より緩やかな要件で同罪の成立を否定すべき〔対抗言論の法理の適用を指すものと理解されます〕ものとは解されない」
という判断を示しました(最判2010年3月15日)。

以上、長々と解説しましたが、結論で言えば、
・やられたら、対抗言論や反論によって、名誉回復する方法を理解・再認識すべき
・対抗言論や反論を展開する際、当該「対抗言論や反論」が名誉毀損とならないよう、注意をすべき(反論や反駁をする際も、ジェントルでエレガントでコンサバな内容・表現・マナー・トーンを心がけ、で法律に触れない表現活動をすべき)
・あと、対抗言論や反論を行った後、さらに、法的責任を追及しようとした際、相手方が「対抗言論ですでに名誉回復したから、もうこれ以上、オレをいじめなくてもいいだろ」という反論がされてくる可能性があることに注意をすべし
ということになります。

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著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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