02115_取締役にしたのに「労働者」?グループ企業の人事異動の落とし穴

企業の人事異動や組織再編の際、従業員を役員にするケースは少なくありません。

しかし、
「退職して別会社の取締役に就任した」
という形を取ったとしても、法的に雇用関係が完全に消滅したとは言い切れない場合があります。

特に、グループ企業内の出向や異動とみなされると、後になって
「本当は退職ではなかったのでは?」
と争われるリスクがあります。

1 雇用関係の消滅は成立するのか?

例えば、B社の従業員であるAさんをB社の退職扱いとし、B社のグループ企業であるC社の取締役にする場合、会社側としては
「B社との雇用関係を完全に終了し、C社とは純粋な委任関係にする」
という考えかもしれません。

しかし、以下のような状況があると、
「単なる異動」

「形式的な退職」
と判断される可能性があります。

・退職後も、B社やグループ本社の意向でC社の業務を行っている
・B社在籍時と業務内容がほとんど変わらない
・退職金の扱いが曖昧で、実際は単なる役職変更のようになっている
・一定期間後にB社(またはグループ本社)に戻る予定がある

こうしたケースでは、
「実態としてはグループ内の異動にすぎず、退職ではないのでは?」
と疑われる可能性があります。

また、本人が
「自分は退職ではなく、グループ内で配置転換されただけだ」
と主張し、後に労働者性を争うことも考えられます。

グループ企業内では、取締役就任後も、実質的に以前と同じ指揮命令系統に組み込まれることがあります。

その場合、仮に
「退職」
の手続きを取っていたとしても、実態として
「出向」

「転籍」
とみなされる可能性があり、雇用関係の継続が認められることがあるのです。

2 取締役でも「労働者」とみなされることがある

取締役だからといって、必ずしも労働者性が否定されるわけではなく、業務の実態によっては、労働者と認定される可能性があります。

労働者性が判断されるポイントとして、以下のような点が考慮されます。

・会社からの指示が細かく、業務の進め方まで指揮命令を受けている
・勤務時間や勤務地の自由度がなく、一般従業員と同じように拘束されている
・給与から社会保険料や雇用保険料が控除されている
・報酬の性質が、成果報酬ではなく固定給となっている
・業務遂行の自由度が低く、指揮命令の下で働いている
・経営判断に関与しておらず、一般の従業員と変わらない立場にある

このような状況では、
「取締役という肩書だけで、実態は労働者なのでは?」
と判断されるリスクがあり、仮に本人が
「労働者としての権利がある」
と争えば、裁判で認められる可能性もあります。

3 「純然たる退職」であることを明確にする方法

こうしたトラブルを防ぐには、
「今回の退職は、あくまで完全な退職であり、グループ内の異動ではない」
という点を明確にしておく必要があります。

そのためには、以下のような書面を準備しておくのが有効です。

(1)退職時の確認書

B社を退職する際に、本人から次のような念書をもらっておくとよいでしょう。

「私は、本件退職により、B社およびB社のグループ会社を含むいかなる企業とも雇用関係が終了したことを確認し、今後、B社グループ内での復職・出向・再雇用の予定がないことを承諾します」

これにより、後になって
「グループ内異動ではないか?」
と争われた場合でも、
「本人も退職を認識していた」
と主張する証拠になります。

(2)取締役就任時の確認書

C社の取締役に就任する際にも、次のような念書を取っておくとよいでしょう。

「私は、C社取締役として、貴社の指揮命令に服する立場ではなく、業務遂行に関する裁量を有していることを確認します。また、貴社との間で雇用契約関係が存在しないことを理解し、異議なく受諾します」

このような書面があれば、万が一
「自分は労働者だ」
と争われた場合でも、
「最初から雇用関係がないことを双方が確認していた」
と説明しやすくなります。

4 まとめ

・グループ企業内の異動と退職は、実態次第で法的判断が変わる
・単に取締役になっただけでは雇用関係の消滅とはならず、労働者性の有無は実際の業務の実態により判断される
・業務の実態によっては、取締役でも「労働者」とみなされることがある
・退職時と取締役就任時の念書を準備し、雇用関係が完全に終了したことを明確にしておくことが重要

取締役の人事異動は、単なる役職変更のように見えても、法的には慎重な対応が求められます。

グループ企業内での異動や出向を行う際は、後々のトラブルを避けるためにも、しっかりとした手続きを踏んでおきましょう。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

弁護士法人畑中鐵丸法律事務所
弁護士法人畑中鐵丸法律事務所が提供する、企業法務の実務現場のニーズにマッチしたリテラシー・ノウハウ・テンプレート等の総合情報サイトです