弁護士という仕事は、ただ目の前の依頼をこなすだけではなく、時に
「手放す」
判断も求められます。
先日、クライアントから電話がありました。
内容は、弊所ではもう
「またか」
というくらい、よくある話でした。
「弁護士を替えたい」「●月●日を最後にしてほしい」という申し出です。
今回のケースも、だいたい予想がついていました。
A弁護士とB弁護士で交渉をしていたものの、話がまったく進まなかったのでしょう。
そこへ、C弁護士が登場し、
「オレに任せろ」
とばかりに息巻いたのだと思います。
ですが、結局3人とも論点が見えておらず、どうにも手も足も出ない状態だったのだろうと推測しています。
ちょうど、地図を持たずに迷路に突っ込んだようなものです。
どこをどう進めばいいのか分からず、出口が見えない。
そんなとき、当方が作った論点整理メモを見て、
「あ、出口はこっちか」
と気づいたのでしょう。
そこから
「もう大丈夫だ、イケる」
と思ったに違いありません。
こういう場面で、私たちがすることは決まっています。
感情的になったり、引き止めたりする必要はありません。
ただ淡々と、
「全く結構です」
「がんばってください」
とだけ伝えました。
クライアントにしがみつく必要はないのです。
むしろ、こうしたときこそ、にこやかに送り出すのが大切だと思っています。
そして、やるべきことは、すべてをミエル化・カタチ化・言語化・文書化・フォーマル化して、きちんと進めるだけです。
具体的には、次の対応が必要になります。
(1) まずは、電話でのやり取りをそのまま文書化し、クライアントからの正式な要請書として差し入れてもらうこと
(2) ●日の資料について、クライアント本人による確認をしっかり行うこと
(3) 正式な辞任手続き
(4) 身元引受や動向監視について提出している上申書の撤回
(5) 後任弁護士への引き継ぎ
(6) 費用の精算
こうして一つひとつ手続きを進めたあと、最後に私は、にっこり笑ってこう伝えました。
「こんな簡単な事件、そこそこの弁護士なら絶対に勝てます。我々なら120%勝てましたが、まあ、クライアントさんが納得した形で勝つのが一番です。頑張ってください」
と。
こう言えば、後任の弁護士のハードルはマックスまで上がります。
まるで、リレーのバトンを渡す瞬間に、
「このくらい簡単なコースなら、余裕でゴールできますよ」
と耳打ちするようなものです。
あとは、こちらはゆっくり高見の見物です。
正直なところ、こういうケースでは、そのうちクライアントが
「こいつら使えない」
と言い出して、ブーメランのように戻ってくる可能性が高いのです。
そのときには、私はこう言うでしょう。
「え? こんな簡単に勝てる事件が、どうしてこんなにぐちゃぐちゃになっているの? いやー大変だなー。そのままやっていれば、何の問題もなかったのに。これじゃあ、もっと費用をいただかないと割に合わないなあ」
と。
実のところ、こうした話は決して珍しくありません。
だからこそ、私たちは目の前のクライアントを追いかけません。
目の前の結果ではなく、いかに仕事をミエル化・カタチ化・言語化・文書化・フォーマル化できるかに集中しています。
ここを徹底することが、最終的には大きな違いになるのだと確信しています。
たとえば、料理人が目の前の客に一皿を慌てて仕上げてカネを払ってもらうのではなく、毎回きちんとレシピを残し、次に同じ料理を出すときも同じ味が出せるようにする。
そんなイメージです。
クライアントが途中で弁護士を替えたとしても、私たちは余裕を持って、にこやかに、そして晴れやかに対応できます。
このように、目の前の依頼者にしがみつくのではなく、常に
「積み重ね」
を大事にする。
それが、私たちが考えるプロの弁護士の姿です。
どんな場面でも、にこやかに、晴れやかに。
そのスタンスで、プロとして、これからも粛々と積み重ねるだけです。
著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所
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