資金調達の現場に入ると、つくづく感じることがあります。
どんなに緻密な準備をしても、案件は予定通りには進まないものです。
特に投資家との交渉では、最初の段取りを誤れば、その後は何をやってもズルズルと不利な展開に追い込まれていきます。
どれだけ立派なレポートを書いても、どれだけ法務リスクを正確に並べても、それだけで投資家の財布が開くことはありません。
名の通った法律事務所であろうと、結局のところ、資金を引っ張れるかどうかは営業力があるかどうかにかかっているのです。
営業のできない専門家は、残念ながら、ただのコストセンターに過ぎません。
今回相談が持ち込まれた投資案件も、まさにその典型でした。
コンサルタント会社が当初依頼した法律事務所は、知識も経験もそれなりにあったのでしょう。
しかし、投資家との距離を詰める力がありませんでした。
結果、
「無精卵を孵化させるような努力」
になってしまったのです。
どれだけ温めても、生まれる命はない。そういう話です。
本来であれば、事前の打ち合わせで投資家のストライクゾーンを共有し、予定調和の形で法務デューデリジェンス作業を進めるべきでした。
それを怠った結果、財務デューデリジェンスの提出時点で
「投資の可能性はゼロではないが、相当厳しい」
と言われる事態に追い込まれてしまったのです。
こういう場面になると、決まって
「でも、法務DDは進めないといけないですよね」
と言い出す人が出てきます。
ですが、それは違います。
法務DDは、あくまで刺身のツマです。
肝心の刺身、つまり投資が確実に注文される見込みが立たないのに、ツマだけを盛ってどうするのでしょう。
しかも、そのツマにおカネをかける意味など、どこにもありません。
このままでは、営業力のない専門家に財布を軽くされるだけです。
ここで必要なのは、軍資金を守るという判断です。
すべての戦に勝つことなどできません。
だからこそ、撤退するタイミングを見極め、次の一手に備えて力を残しておくことが大切なのです。
たしかに、元財務省出身や金融機関への人脈がある弁護士なら、話は変わります。
営業支援まで含めて動ける専門家なら、戦い方も変わってくるでしょう。
こういう人であれば、持てる知恵と人脈を総動員し、何としてでも投資家の決裁ラインに話を通してくれるはずです。
しかし、ここで忘れてはいけないのは、それもあくまで
「手段のひとつ」
でしかないということです。
法律事務所をすげ替えれば、この局面を打開できるのか。
たとえ営業力のある弁護士に依頼しなおしたとしても、当然カネはかかります。
場合によっては、今の法律事務所に支払う金額と大差がない、ということにもなりかねません。
だからこそ、大事なのは
「誰に頼むか」
ではなく、
「限られた軍資金をどう使い、どう守るか」
という視点です。
目先の専門家選びに気を取られるあまり、資金を食い潰してしまっては元も子もありません。
今、できることは明確です。
いますぐ法務DDを止め、次の展開に備えること。
軍資金さえ守っておけば、この戦いはまだ終わりではありません。
チャンスは、必ずやってきます。
資金調達の現場は、理屈ではなく、生き残った者が勝つ世界です。
だからこそ、
「営業のできない専門家は、ただのコストセンター」
だと、はっきり線を引く覚悟が必要なのです。
さて、次の一手をどう打つか。
ここからが本当の勝負になります。
これは、現時点でのコメントにすぎません。
一日たち、一週間たてば、状況はガラリと変わります。
投資案件は、おカネとの勝負でありつつ、時間との勝負でもあるのです。
だからこそ、一番最初にチーム編成に時間をかけるのは、言うまでもない、ということなのです。
著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所
【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
✓当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ:
✓当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ:
✓当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ:
企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所