02135_税務調査の延長に“査察”がある?─それ、実はよくある誤解です

「税務調査で指摘されたんです。もしかして、このあと“マルサ”が来るんじゃないでしょうか。心配で心配で・・・」
企業の経営者や担当者の方と話していると、こうしたご相談をいただくことがあります。

いかにもありそうな流れに思えますが、これはよくある誤解のひとつです。

1 査察は、「税務調査の延長」ではない

「税務調査のあとに、査察(いわゆる“マルサ”)が来る」
という考え方は、実際の運用からすると、かなり異なります。

まず整理しておきたいのは、
「税務調査と査察は、制度としても性質としてもまったく別物」
だということです。

税務調査は、あくまで
「任意の行政調査」
です。

「この申告、ちょっと気になるな」
というレベルの疑問から始まり、帳簿や領収書を見せてもらいながら、申告の内容を確認していきます。

一方、査察は、
「強制調査」
です。

しかも、
「脱税の証拠を押さえるため」
に動く、
「刑事手続」
の一環です。

国税局の
「査察部門(いわゆるマルサ)」
が、裁判所の令状を取り、
「 完全に抜き打ちで調査に着手」
します。

2 運用上も「別ルート」で動いている

運用面でも、税務調査と査察は、それぞれ
「独立した情報収集」

「判断ルート
で動いています。

査察が行われる場合、その対象者に対して事前に税務調査が入ることは原則としてありません。

なぜかというと、事前に調査を入れてしまえば、調査対象者に
「怪しまれている」
という警戒心を与えてしまい、
「証拠隠滅や口裏合わせが行われるリスク」
が高まるからです。

査察の目的は、
「現場を押さえ、証拠を確保し、刑事告発につなげること」。

そのため、
「何の予兆もなく始まる」
ことが前提の調査なのです。

3 なぜ誤解が広がるのか?

この誤解が生まれやすい理由のひとつは、
「税務調査」

「査察」
の両方が
「税務の調査」
と一括りにされがちだからです。

また、テレビドラマなどで、
「税務調査で怪しまれた会社に、後日マルサが…」
という描写を目にすることもあります。

こうしたイメージが、現実の運用とは異なる印象を生んでしまっているのかもしれません。

4 査察は“いきなり始まる”もの

実務の現場では、査察はある日突然始まります

・・・その日の朝、会社の玄関先に複数の査察官が現れ、社内や関係先の調査が一斉に始まる。帳簿やデータが、次々と持ち出されていく・・・。

その流れの中で、
「2年分」
「3年分」
といった過去の処理までさかのぼって調査されることもあります。

もちろん、事前通知や日程調整などは一切ありません。

税務調査とは異なり、
「その日の対応が結果に直結する緊張感の高い場面
になるのです。

5 税務調査と査察は完全に無関係なのか?

補足しておくと、税務調査の結果が査察に影響を及ぼすことがまったくないわけではありません。

たとえば、悪質な虚偽説明や、繰り返される不正が調査で明らかになったようなケースでは、情報が査察部門に
「参考情報」
として提供されることもあります。

しかし、それはあくまで例外的なケースです。

原則として、査察は査察で独自に情報収集と判断を行い、告発を視野に入れて動く別枠の調査です。

(1)査察部は、国税当局の中でも「刑事告発を目的とした調査専門部隊」として機能している。
(2)情報収集は独自に行われるケースが大半であり、税務署や調査部門とは異なる「捜査的判断」に基づいて査察着手が決定される。
(3)したがって、通常の税務調査の“延長線上”ではなく、査察は“最初から刑事事件の予備的捜査”として動く独立ルートと位置づけられる。

実務上も、実務経験を持つ国税出身者や税理士は、以下のように説明しています。

(1)査察の端緒(出発点)は、査察部自身が集めた情報や通報等
(2)税務調査と重ならないよう、事前に調査が入っていないことを確認して動く
(3)目的は修正申告ではなく、刑事責任(告発)を前提に証拠を押さえること

6 査察は「税務の問題」であり、同時に「企業法務の問題」でもある

「税務調査」

「査察」
の違いを正しく理解することは、単に税務対応の一環にとどまりません。

実はこれは、企業法務の視点から見ても重要な論点です。

なぜなら、企業としての内部統制の有無、文書や会計記録の整備状況、意思決定の透明性が問われるからです。

つまり、査察とは、
「企業がどれだけきちんと説明できる体制をつくっているか」
が試される局面でもあるのです。

突発的な調査に対して、誰が対応するのか。

記録はどこにあり、どのように管理されているのか。

こうした初動対応も含めた日常の備えは、まさに企業法務の力によって支えられるものです。

7 誤解に振り回されず、備える

「税務調査で怪しまれたから、次は査察が来るのでは」
と不安になる方もいれば、
「税務調査で何もなかったから、もう大丈夫」
と安心してしまう方もいます。

けれど本当に大切なのは、事実に基づいて、自社の状況を冷静に把握すること。

そして、調査が入る・入らないにかかわらず、日ごろから整理し、説明できる体制を整えておくことです。

それこそが、経営者としてやるべき
「本当の予防法務」
だと考えます。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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