02137_その日の朝に備えて─査察が始まった「当日」、現場でできる対応とは?

ある朝、出社してみると、玄関に複数の査察官が立っていました。

名刺を差し出しながら、手にした裁判所の令状を見せ、
「本日、査察に着手します」
と告げてきました。

・・・これは決してフィクションではなく、査察における
「現実の初日」
の光景です。

そしてその日、最初の30分の対応が、その後6か月にも及ぶ査察全体の印象と方向性を左右してしまうことがあります。

1 「その日」は、ある朝突然やってくる

査察は、税務調査とはまったく異なる枠組みの手続きです。

税務調査が行政上の任意調査であるのに対して、査察は、刑事告発を目的とした強制調査です。

(1)裁判所の発付した捜索差押許可状(令状)に基づき、
(2)強制的に会社や自宅に立ち入り、
(3)書類・帳簿・データをその場で押収します。

対象は、会社本体にとどまらず、社長個人の自宅、倉庫、取引先、自動車の中まで広がることもあります。

しかもその日は、事前の予兆も警告も一切ありません。

だからこそ、これは単なる税務調査ではなく、
「刑事事件の入り口」
であることを意識して動く必要があるのです。

2 現場でまず大切なのは「落ち着くこと」

突然の事態にパニックになるのは当然です。

けれど、そのとき最も大切なのは、
「しない」
ことです。

(1)査察官に詰め寄らない
(2)社員や経理担当者を問い詰めない
(3)その場の思いつきで説明を加えたり、その場しのぎの言い訳を口にしない

ある事案では、社長がその場で
「これはうちの税理士のミスで・・・」
と語ったひとことが、のちに
「税理士に責任転嫁している」
という文脈で記録されてしまいました。

その場で口にしたことは、後から
「会社の公式見解」
として扱われる可能性があります。

3 その場でやりとりする「言葉」は、のちの証拠になる

査察では、口頭での発言も、後日
「供述調書」
として記録に残ることがあります。

たとえば、ある会社の経理担当者が、対応中にこう口にしました。

「処理の根拠は正直よく分かっていません。わたしは、ただ、上司から指示されたことをしていただけです」

この一言が、後日、調査官の事情聴取メモでは次のように再構成されて記載されていました。

「正当な根拠に基づかない処理を、社内で常態的に行っていた」
「会社として処理の正当性を確認しない体制だった」

本人にそのつもりがなかったとしても、発言は
「組織全体の姿勢」
として読み取られてしまうことがあるのです。

要するに、発言は“都合よく”再構成されるのが実務の現場であり、
「その場の発言」=「のちの証拠」
になる可能性があるのです。

4 “何も言わない”という選択肢

これは刑事手続である以上、会社や関係者にも
「沈黙の権利」
が保障されています。

質問に対して、無理に答える必要はありません。

・「現在、確認中のため即答できません」
・「法的助言を受けた上でお答えします」

こうした対応は、
「逃げ」
ではありません。

むしろ、事実誤認を避け、誠実に対応するための冷静な判断です。

「言ってはいけないこと」
よりも、
「言わなくて済むこと」
を知っておくことの方が重要です。

5 提出資料・メモ・コピー対応の考え方

査察では、物的証拠が押収の対象になります。

パソコン、USB、帳簿、手帳、契約書、領収書等。

このときに重要になるのが、
「何を出したのか」
「どこから出てきたのか」
を正確に記録することです。

ある事案では、保管場所を指示した担当者の発言から、
「当該帳簿の存在を十分認識していた」
という形で会社の“認識”が構成されたこともありました。

だからこそ、
(1)控えのコピーの有無
(2)提出書類のリスト化
(3)提出時に付記した注意書きの記録
といった
「持ち出しの履歴管理」
が、のちの自己防衛につながるのです。

6 企業法務の視点からみた「査察中の初動体制」

このような場面では、企業としての危機対応の体制が試されます。

(1)誰が現場対応の指揮をとるのか
(2)弁護士と連絡をとる責任者は誰か
(3)社内の記録保管状況は誰が把握しているか

こうした体制が整っていないと、その場しのぎの対応になり、かえって疑念を呼ぶ結果になります。

実際、ある案件では、初日の対応に混乱があったことで、
「社内での見解が統一されておらず、情報を意図的に隠している可能性がある」
と調査官側に受け取られたケースがありました。

査察や税務調査においては、調査官は以下のような点を重要な評価指標とします。

(1)現場対応時の社内の受け答えが一貫しているか
(2)役職者・経理担当者・現場担当の言うことが噛み合っているか
(3)同じ資料の説明が、人によって違わないか

これらがバラバラだった場合、次のように評価されることがあります。

(1)「社内での認識が統一されておらず、虚偽や隠ぺいの可能性がある」
(2)「組織としての管理体制に問題がある」
(3)「説明内容に整合性がなく、重要事項を隠している可能性が否定できない」

だからこそ、日ごろ積み重ねてきた企業法務の備え(対応チーム・書類の所在・応対マニュアル等)が、査察初日の数時間で、まるごと“見えてしまう”のです。

7 まとめ:沈黙か、反応か。その選択が意味を持つ

査察の現場では、すべてが
「のちの証拠」
になります。

(1)発言内容
(2)発言のタイミング
(3)書類の出し方
(4)メモの取り方
(5)その場の沈黙
までもがすべて、
「会社としての意図を示すもの」
として評価されてしまうのです。

だからこそ、
(1)反射的に答えない
(2)言い訳しない
(3)慌てて否定しない

「その場しのぎで話す前に、まず、黙る」
のです。

要するに、無理に語らない・・・その冷静な初動こそが、のちに
「説明できる会社」
だったかどうか、評価される分かれ目になるのです。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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