02143_法務デュー・ディリジェンスのプロセス詳細分析

法務デュー・ディリジェンス(法務DD)は、M&A、投資、事業再編などの取引において、対象会社や対象事業ないし取引の法的なリスクや課題を洗い出すために実施される重要なプロセスです。

ビジネス弁護士にとっては、普段、何気なくやりはじめ、なんとなく形にして、終わらせてしまいがちな法務DDのプロセスを、理論的かつ段階的に分析・整理してみます。

フェーズ1:準備と情報収集

  1. 状況の痕跡が残っている資料やデータの推察:
    • 目的: 対象会社の事業内容、組織構造、過去の取引、紛争履歴など、法的なリスクや課題を示唆する可能性のある情報源を初期段階で特定する。
    • 分析:
      • 対象会社のウェブサイト、公開情報(プレスリリース、IR情報など)の調査。
      • 業界動向、競合他社の状況に関する情報の収集。
      • 過去の類似取引における法務DDの経験や知見の活用。
      • 依頼者からの事前情報(対象会社の概要、取引の目的、懸念事項など)の確認。
    • 推察される資料・データ例: 会社概要、組織図、事業報告書、過去の契約書リスト、訴訟・紛争の記録、ニュース記事、業界レポートなど。
  2. 資料のリクエスト:
    • 目的: 推察された資料やデータ、および法務DDに必要な網羅的な資料リストを作成し、対象会社に提供を依頼する。
    • 分析:
      • 標準的な法務DD資料リストを基礎としつつ、対象会社の事業特性や取引の目的に合わせてカスタマイズ。
      • 各資料の重要度、入手可能性、レビューの優先順位を考慮。
      • 機密保持契約(NDA)の締結状況の確認。
      • 資料の提出期限、提出方法(物理媒体、データルームなど)の指定。
  3. 資料の収集:
    • 目的: 対象会社から提供された資料やデータを適切に受け取り、管理する。
    • 分析:
      • 受領した資料のリスト作成と管理。
      • 不足している資料や不明な点があれば、対象会社に確認・再依頼。
      • 機密性の高い資料の取り扱いに関するルール遵守。
  4. 収集した資料の整理秩序の構築:
    • 目的: 大量の資料を効率的にレビューするために、論理的かつ体系的な整理方法を確立する。
    • 分析:
      • 資料の種類(契約書、登記簿、許認可、訴訟関連資料など)に基づく分類。
      • 日付順、取引先別、事業部門別などの属性に基づく分類。
      • 重要度やリスクの可能性に基づく優先順位付け。
      • デジタルデータの場合は、フォルダ構成、ファイル命名規則などの設計。
  5. 構築した整理秩序にしたがったファイリング:
    • 目的: 整理秩序に基づき、収集した資料を物理的または電子的に格納する。
    • 分析:
      • 物理ファイルの場合は、ラベルの作成、バインダーへの綴じ込みなど。
      • 電子データの場合は、フォルダへの格納、ファイル名の修正など。
      • アクセス権限の設定(必要な担当者のみがアクセスできるようにする)。
  6. 資料の第一次閲読(ラフレビュー)による第二次閲読(精読)方針の確立:
    • 目的: 収集した資料全体を迅速に把握し、重点的にレビューすべき資料やリスクの高い領域を特定する。
    • 分析:
      • 資料のタイトル、概要、主要条項などを中心に目を通す。
      • 契約期間、契約金額、解約条項、知的財産権、係争の有無など、リスクを示唆する可能性のあるキーワードや項目に注目。
      • 第一次閲読の結果に基づき、第二次閲読の対象範囲、レビューの深さ、必要な専門家の検討などを決定。
      • レビュー担当者への指示や役割分担。

フェーズ2:事実認定と体系化

  1. 第二次閲読(精読)の実施:
    • 目的: 第一次閲読で特定された重要資料やリスク領域について、詳細な内容を確認し、事実関係を正確に把握する。
    • 分析:
      • 契約書の各条項、議事録の詳細、訴訟関連書類などを精査。
      • 契約不履行、債務超過、知的財産侵害、環境汚染、労働問題など、潜在的な法的リスクや課題を特定。
      • 不明な点や追加確認が必要な事項を記録。
  2. 事実概要の全体像の把握:
    • 目的: 第二次閲読で得られた個々の事実を統合し、対象会社の法的な状況全体の概要を理解する。
    • 分析:
      • 事業内容と関連法規の適合性。
      • 契約関係の全体像と主要な契約条件。
      • 過去および現在の紛争状況。
      • 許認可の取得状況と有効性。
      • コンプライアンス体制の整備状況。
  3. 事実・状況の摘示・体系整理ロジックの構築:
    • 目的: 把握した事実や状況を、後の分析や報告に活用しやすいように、論理的かつ体系的に整理するための枠組みを構築する。
    • 分析:
      • リスクの種類別(契約リスク、訴訟リスク、コンプライアンスリスクなど)の分類。
      • 事業部門別、地域別の分類。
      • 時系列順の整理。
      • 重要度、金額規模などの観点からのグルーピング。
  4. 事実・状況の摘示・体系整理:
    • 目的: 構築したロジックに基づき、第二次閲読で抽出された事実や状況を整理・分類する。
    • 分析:
      • 各事実について、関連する資料、日付、当事者、内容などを明確にする。
      • 事実間の関連性や相互作用を考慮。
      • 整理された情報をデータベースやスプレッドシートなどに記録。
  5. 摘示・体系整理した事実・状況のミエル化・カタチ化・言語化(定性化)/数字化(定量化):
    • 目的: 整理された事実や状況を、視覚的に理解しやすく、かつ具体的な言葉や数値で表現する。
    • 分析:
      • 図表、グラフ、マトリックスなどの活用による可視化。
      • リスクの程度、影響範囲、発生可能性などを定性的に記述。
      • 潜在的な損害額、訴訟費用などを定量的に算出(可能な範囲で)。
  6. 摘示・体系整理した事実・状況の言語化・文書化/データ化・明確化・明白化:
    • 目的: ミエル化・カタチ化された情報を、報告書などの文書形式やデータ形式で記録し、内容を明確かつ明白にする。
    • 分析:
      • 各事実について、簡潔かつ正確な説明文を作成。
      • 関連する資料への参照情報を付記。
      • データ形式で記録する場合は、分析ツールで活用しやすい形式を選択。
  7. 摘示・体系整理した事実・状況のフォーマル化:
    • 目的: 文書化・データ化された情報を、正式な報告書の一部として組み込むために、体裁や表現を整える。
    • 分析:
      • 報告書の構成に合わせた情報の再配置。
      • 専門用語の適切な使用と解説。
      • 客観的かつ中立的な表現の採用。

フェーズ3:法的分析と評価

  1. 事実・状況に適用され、あるいは障害・課題となるべき法規範の初期検討(あたりをつける):
    • 目的: 整理された事実や状況に対して、関連する可能性のある法律、判例、規制などを初期段階で予測する。
    • 分析:
      • 対象会社の事業内容、業種、所在地などに基づいて、関連法規の候補をリストアップ。
      • 過去の類似事例や判例の調査。
      • 法務DDチーム内の専門知識や経験の活用。
  2. 事実・状況に適用され、あるいは障害・課題となるべき法規範の発見・特定:
    • 目的: 初期検討を踏まえ、具体的な事実や状況に直接的に適用される、または潜在的な障害や課題となる可能性のある法規範を特定する。
    • 分析:
      • 契約内容と関連する契約法、民法などの検討。
      • 事業活動に関連する業法、規制法の検討。
      • 労働関係に関する労働法規の検討。
      • 知的財産権に関する知的財産関連法の検討。
      • 環境問題に関する環境関連法の検討。
      • 訴訟・紛争に関連する民事訴訟法、刑事訴訟法などの検討。
  3. 関連法規範に関する公的資料の調査・発見(オープンソースデータベースによる):
    • 目的: 特定された法規範に関する法令、判例、行政解釈などの公的な情報を、無料で利用できるデータベースから収集する。
    • 分析:
      • e-Gov(日本の法令データ提供システム)、裁判所ウェブサイトの判例検索システムなどの利用。
      • 政府機関や自治体のウェブサイトで公開されている情報(ガイドライン、通知など)の検索。
      • 学術論文データベースや法律情報サイトの活用(無料公開されている範囲)。
  4. 関連法規範に関する公的資料の調査・発見(クローズドソースデータベースによる):
    • 目的: より網羅的かつ専門的な情報を得るために、有料の法律情報データベース(例:Westlaw、LexisNexis、D1-Law.com、判例秘書など)を利用して、関連法規範に関する資料を収集する。
    • 分析:
      • 法令、判例、文献、ニュース記事など、幅広い情報源からの検索。
      • キーワード検索、引用文献検索、テーマ別検索などの高度な検索機能の活用。
  5. 関連法規範に関する公的資料の調査・発見(書籍等データ化されていない文献による):
    • 目的: 電子データベースに収録されていない書籍、法律雑誌、専門書などの文献から、関連する法規範や解釈を探し出す。
    • 分析:
      • 弁護士会図書館や国会図書館等の利用。
      • 専門家へのヒアリング。
      • 参考文献リストの確認。
  6. 関連法規範に関する公的資料のラフレビュー:
    • 目的: 収集した法規範に関する資料全体を迅速に把握し、重要な情報や論点を特定する。
    • 分析:
      • 法令の条文、判決書の要旨、文献の概要などを中心に目を通す。
      • 事実・状況との関連性が高いと思われる部分に注目。
  7. 関連法規範に関する公的資料の整理・選別・意味付け・重み付け:
    • 目的: ラフレビューの結果に基づき、重要な法規範に関する資料を整理し、事実・状況との関連性を分析し、その意味合いや重要度を評価する。
    • 分析:
      • 法令、判例、学説などを分類・整理。
      • 事実・状況に直接適用される可能性が高い法規範を選別。
      • 判例の射程、学説の有力性などを考慮して、各法規範の重み付けを行う。
  8. 関連法規範に関する公的資料の精読:
    • 目的: 整理・選別された重要な法規範に関する資料について、詳細な内容を精査し、正確な理解を得る。
    • 分析:
      • 法令の条文の文言、判決理由の詳細、学説の論理構成などを深く読み込む。
      • 過去の解釈や適用事例なども検討。
  9. 関連法規範に関する公的資料と事実・状況との整合性検証:
    • 目的: 精読した法規範の内容と、整理・分析された事実・状況とを照らし合わせ、法的リスクや課題の有無、程度を評価する。
    • 分析:
      • 各事実が、特定の法規範に抵触するかどうかを検討。
      • 法規範が、対象会社の事業活動や契約関係にどのような影響を与えるかを評価。
      • 潜在的な法的紛争の可能性やその結果を予測。

フェーズ4:結論と報告

  1. 法的心証の形成:
    • 目的: 事実、法規範、および両者の整合性検証の結果を踏まえ、法的なリスクや課題に関する最終的な判断や意見を形成する。
    • 分析:
      • 各リスクの発生可能性、影響度などを総合的に評価。
      • 取引の成否や条件に影響を与える可能性のある重要事項を特定。
      • 複数の法的解釈が可能な場合は、その可能性と根拠を示す。
  2. 形成された法的心証に関する討議:
    • 目的: 法的心証の内容について、法務DDチーム内や依頼者との間で議論を行い、意見交換や認識の共有を図る。
    • 分析:
      • 異なる意見や見解を出し合い、多角的な視点から検討。
      • 不明な点や追加検討が必要な事項を確認。
      • 最終的な結論に向けて議論を収束させる。
  3. 結論のミエル化・カタチ化・言語化(定性化)・文書化・明確化・明白化:
    • 目的: 討議を経て合意された結論を、視覚的に理解しやすく、具体的な言葉で表現し、報告書などの文書形式で明確かつ明白に記録する。
    • 分析:
      • リスクの概要、根拠となる事実や法規範、潜在的な影響などを記述。
      • 図表やリストなどを活用して、情報を整理。
      • 専門用語は分かりやすく解説。
  4. 結論のフォーマル化(外部化):
    • 目的: 文書化された結論を、正式な法務DD報告書としてまとめ、依頼者に提出するために、体裁や表現を整える。
    • 分析:
      • 報告書の構成要素(目次、概要、結論、詳細な分析、提言など)を適切に配置。
      • 客観的かつ論理的な記述を心がける。
      • 必要に応じて、免責事項などを記載。
  5. 結論のサマリー作成(カジュアル化・可読化を含む):
    • 目的: 法務DD報告書の要点を、依頼者が短時間で理解できるように、簡潔かつ分かりやすくまとめたサマリーを作成する。
    • 分析:
      • 主要なリスクや課題を箇条書きで提示。
      • 専門用語を避け、平易な言葉で説明。
      • 図や表などを活用して、視覚的な分かりやすさを追求。

以上のプロセスを通じて、法務DDは対象会社や対象取引・事業の法的なリスクや課題を詳細に分析し、取引の意思決定や条件交渉に役立つ情報を提供します。

各ステップは相互に関連しており、丁寧かつ分析的に実施することで、より質の高い法務DDが可能となります。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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