02145_ミエル化・カタチ化・言語化・文書化・フォーマル化が、経営を守る_05法務の沈黙が、経営判断を狂わせる―議事録に“口を出さない”リスク

ある会社での話です。

経営会議の場で、役員のひとりがこう言いました。

「この案件、正式な契約はまだだけど、先に動いてしまおう」
「一昨日、ゴルフに行ったんだけど、先方のトップ以下3名が了解してたから、大丈夫でしょ」

その場では、誰も強く反対せず、話は流れていきました。

法務担当者も出席していましたが、何も言いませんでした。

そのやり取りは、議事録にも残されませんでした。

ところが数か月後、その取引をめぐってトラブルが起きました。

取引先は、
「正式契約前に勝手に着手され、手付金まで請求された」
と主張し、損害賠償の話にまで発展したのです。

社内での検証では、当時の会議で
「誰が何を言い、誰が了承したのか」
が問われましたが、議事録には何も書かれておらず、会社として説明責任を果たせないまま、対応が後手に回ってしまいました。

法務担当者はこう言いました。

「会議では特に意見を求められなかったので、発言しませんでした」
「議事録についても、事務局から確認依頼はなかったので、見ていません」

このように、
「求められない限り、黙っている」
という姿勢は、結果として、
「経営判断を誤らせる沈黙のリスク」
を生みます。

法務の仕事とは、ただ契約書を見るだけではありません。

会議でどのような議論が交わされ、どのような決定がなされ、それがきちんと形になっているか。

その一連のプロセスを、
「見て」
「気づいて」
「整える」
ことが求められます。

法務とは、判断に対するブレーキ役であると同時に、合意形成を支える舵取り役でもあります。

その法務が、
・議事録に関与しない
・会議にもコメントしない
・議論の流れにリスクを感じても、指摘しない

そうやって
「沈黙」
が続くうちに、組織の中に
「見えないリスク」
が静かに積み重なり、やがて大きなリスクとして表面化するのです。

たとえば、以下のような議事録は、法的にはきわめて危ういものになります。

・発言者が明記されていない
・誰が了承したかが不明
・リスクに関するコメントが記載されていない
・反対意見や留保意見が「なかったこと」になっている

こうした議事録は、後から見れば
「誰も反対していなかった」
「全員が合意していた」
という“決まったこと風の記録”になります。

何も問題提起されないまま、“全員が納得して進んだ”ように見える議事録が残るのです。

しかしそれは、実際の議論とは異なる
「記録上だけの合意」
にすぎません。

これでは、仮に社外から指摘が入ったときに、会社として
「検討の痕跡」

「留意点」
を示すことができません。

結果的に、
「リスクを放置した」
「なぜ誰も止めなかったのか」
という追及を受けることになります。

議事録は、会議の内容を記録するためだけのものではありません。

企業法務の視点から見れば、
「経営判断の軌跡」
「意思決定の根拠」
「責任の所在」
を残す、きわめて重要な文書(証拠)です。

法務の役割は、
「問題が起きてから対応する」
のではなく、
「問題が起きないように、手を打つ」
ことにあります。

そして、リスクへの先回りは、
「ミエル化・カタチ化・言語化・文書化・フォーマル化」
によって実現されます。

1 ミエル化:どこにリスクがあるかを見抜く
2 カタチ化・言語化:それを、他の部門にも伝わるかたちで表現する
3 文書化・フォーマル化:議事録や会議資料として明記し、説明可能なかたちにする

つまり、会議の中に埋もれているリスクを、記録というかたちで
「ミエル化」
するのです。

それが、法務が経営に貢献できる最大の力です。

とりわけ、次のような局面では、法務がきちんと
「見て」
「指摘して」
「残す」
ことが求められます。

1 契約リスクが含まれる発言があったとき
2 未確定事項が“了承されたこと”になっているとき
3 決定に対する根拠や異論が省略されているとき
4 議事録の内容と、実際の議論に齟齬があるとき

だからこそ、法務は議事録に関与しなければなりません。

・会議で気になる表現があれば、その場で確認する。
・会議の後には、法務部門が議事録にきちんと目を通す。
・議事録にあいまいな記述があれば、レビューを入れる。
・決まっていないことが、あたかも決まったように記されている場合には、必ず差し戻す。

こうした“ひと手間”が、未来のコンプライアンス違反や訴訟リスク、株主・監査対応の火種を防ぎます。

反対に、その“ひと手間”を惜しめば、
「記録に残っていない=存在しなかったことになる」
という事態になりかねません。

黙っていても、誰も気づきません。

しかし、黙っていたことで、後から全体が責任を問われます。

だからこそ、法務は黙っていてはいけないのです。

会議体にもしっかり関与する。

議事録にも目を光らせる。

記録は、経営の実務を支える土台です。

その小さな積み重ねが、組織を動かし、経営を守る力になるのです。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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