1 警察から会社に連絡がきたら、まず心がけるべきこと
ある日、警察から会社に電話がかかってきた――。
こう聞くと、
「うちは関係ない」
「そんなこと滅多にない」
と感じる方もいるかもしれません。
けれども実際には、企業が思いがけない形で捜査機関の関心を受けることは、決して珍しくありません。
そして、そんな突然の要請に、現場が慌てて対応してしまうケースは少なくありません。
「突然、警察から電話がありました」
「『一度お話を伺いたい』と言われたんですが、どうすれば…」
こうしたご相談が、企業の現場から寄せられることは、少なくないのです。
・社員の関与した事案
・取引先や委託先で発生したトラブル
または、まったく心当たりがないのに、情報提供を求められるようなケースもあります。
業種や規模に関係なく、企業が思わぬカタチで
「捜査機関の関心」
を受けることはあるのです。
そんなとき、企業としてまず何より大切なのは、
「慌てないこと」。
そして、
「必要以上に協力しすぎないこと」。
警察からの連絡というだけで、
「すぐに答えなければならない」
「言われた通りに資料を出さなければならない」
と感じてしまうこともあります。
けれど、それは早計です。
言い換えるなら、
「慎重に、でも誠実に、冷静に向き合う」
ことです。
この“構え方”ひとつで、企業のリスクは大きく変わります。
事実を誤って伝えてしまったり、不要な資料を出してしまったり・・・。
その“善意の対応”が、あとで大きな問題を引き起こすこともあるのです。
2 受任通知書とはなにか―警察との窓口を一本化する意味
たとえば、ある企業に、生活安全課から連絡が入りました。
「少し確認したいことがある」
「担当者と直接、お話しできませんか」
そうした申し入れに対し、企業の経理部はすぐに顧問弁護士に連絡を入れました。
そして、弁護士から警察署宛に
「受任通知書」
が送付されました。
「受任通知書」
とは、
「今後、この件については、会社の代理人として弁護士が対応します」
という、法的な意思表示を正式に伝える文書です。
いわば、会社としての“対応窓口を一本化する”行為です。
これにより、現場担当者が個別に警察とやりとりする必要がなくなります。
誤解や食い違いを防ぎ、会社としての意思決定を明確にできるのです。
なお、この通知書の中には、資料提出や事情聴取への協力について
「いったん留保する」
旨も丁寧に記載されていました。
これは、
「今すぐの協力は難しいが、無視するわけではない」
という、企業としての冷静かつ誠実なスタンスの表れです。
警察に対してケンカを売るものではなく、むしろ後の混乱を避けるための、最も平和的で、フォーマルな一手なのです。
3 “任意の協力”にどう向き合うか―小さな工夫でリスクを下げる
警察からの要請には、
「任意」
と
「強制」
の2種類があります。
強制ならば令状が必要ですが、任意の場合には、協力するかどうかは企業側が判断できます。
だからといって、頑なに拒む必要はありません。
ただ、
「なんでもすぐに出す」
ことは避けるべきです。
ここで大事なのは、
「協力しない」
のではなく、
「協力のしかたを選ぶ」
という考え方です。
捜査機関の要請が
「任意」
である限り、企業には対応の裁量があります。
これは、ルール違反でも不誠実でもありません。
むしろ、会社としてのリスク管理の第一歩です。
たとえば、
・やりとりの記録は、電話での対応は避け、できるだけメールや文書でのやりとりに切り替える
・やりとりが避けられない場合は「筆談」を申し入れる
という工夫があります。
少し変わった方法に見えるかもしれませんが、筆談にすることで、会話の内容が“カタチとして”残ります。
誰が何を言ったか、どこまで話したか。
「言った・言わない」
の齟齬を避け、後から検証できる状態をつくるための、有効な手段です。
こうした記録があることで、後日問題になった際も冷静な検証が可能になります。
“あとから振り返れる”状態をつくっておくことこそが、企業の危機管理の基本なのです。
これらは、弁護士がいなくても現場でできる、シンプルな工夫です。
こうした
「現場対応の型」
を、あらかじめ社内で共有しておくことが、じつは一番の予防策なのです。
警察は敵ではありません。
だからといって、過剰に迎合する必要もありません。
企業としての“ちょうどよい構え”を持つことが、誤解を防ぎ、信頼を守る道なのです。
4 社内連携と情報共有―“弁護士の壁”を越えるには社内の動きがカギ
そして、もうひとつ大切なのが、社内での連携です。
子会社が警察から連絡を受けた場合、親会社に報告しないという選択肢はありません。
法務部、内部監査、広報など、関係部門との情報共有は“やるべきこと”ではなく、“やらなければならないこと”です。
「顧問弁護士がいるから安心」
「顧問弁護士がやってくれるはず」
そう思いたくなる気持ちはわかります。
でも、実際にはそうではありません。
顧問弁護士は、あくまでも会社の“後ろ盾”です。
会社自身が何も動かず、情報を上げず、判断を回さずにいては、弁護士も動くことができません。
しかも、顧問弁護士はそれぞれの会社と個別に契約関係を持っています。
守秘義務も会社ごとに発生しており、親会社と子会社の間に“壁”が生じることがあります。
たとえ同じグループ内であっても、弁護士から勝手に情報提供をすることはできないのです。
とはいえ、親会社側の了解があれば、子会社の相談対応や弁護士の紹介が行われることも実務上は多くあります。
だからこそ、子会社側から正式に報告し、親会社としてのスタンス確認や支援要請を“前倒しで”行っておきましょう。
この初動こそが、企業グループとしての対応力を決定づけるのです。
5 供述書は“対立”ではなく“準備”―企業を守る平時の設計図
事態が深刻化する前に、事実関係を社内で整理することは欠かせません。
そこで、備えておきたいのが、供述書の準備です。
「そんな大げさな…」
「まさかうちが…」
そう思うかもしれません。
けれど、企業のトラブルは“予告なし”にやってきます。
関係者の記憶が新しいうちにヒアリングを行い、書面として残す。
“なんとなく記憶にある範囲で”ではなく、できる限り正確に。
そして、証拠となる資料と照らし合わせながら、“カタチある文書”に落とし込むことが大切です。
誤解のないようにお伝えすると、供述書は“捜査との対立”を目的としたものではありません。
むしろ、正確な事実を整理し、企業が“間違った方向に巻き込まれない”ための防御策です。
そして、こうした準備ができている企業は、たとえ強制捜査や報道があっても、ブレずに対応できます。
内部が動揺せず、外部に説明ができる。
そして、万が一、強制捜査や報道などが発生した場合には、こうした準備の有無が、その後の命運を大きく分けることになるのです。
その差は、まさに
「備えていたか、いなかったか」
に尽きるのです。
企業として、丁寧に、でも毅然と、対応の
「型」
を持つこと。
「ミエル化、カタチ化、言語化、文書化、フォーマル化」
それこそが、企業としての“リスク感度”であり、“平時の準備力”なのです。
著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所
【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
✓当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ:
✓当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ:
✓当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ:
企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所