「会社役員には、そもそも休業損害が出ないのでは?」
交通事故などの損害賠償請求において、こうした問いを耳にすることがあります。
たしかに、会社役員は従業員のような労働契約の相手方ではなく、
「会社の機関」
としての地位にある――そのため、報酬も一律に
「労働の対価」
とは言いにくいのが実情です。
けれども、実務の現場では、役員であっても休業損害が認められるケースがあります。
カギになるのは、
「その報酬が本当に“働いた分”だったのか」。
つまり、役員報酬に
「労務の対価性」
がどれだけ含まれていたのかという点が、法的に厳しく問われるのです。
会社の規模と役員報酬の性質
たとえば大企業の社外取締役など、報酬体系が制度的に整っているケースでは、その報酬が労働の対価として扱われる可能性が高くなります。
一方、同族会社などで親族が名目的に役員に就任している場合、会社の業績に関係なく役員報酬を自由に設定できるため、報酬の中に利益配分的な要素が含まれていると見なされるリスクが大きくなります。
「形式は役員、実態は報酬を分配するための箱」
という評価になれば、休業損害は認められにくくなるのです。
報酬額の妥当性と業績との関係
役員報酬が会社の利益と連動していれば、
「貢献に対する報酬」
としての実態が認められやすくなります。
反対に、報酬の額が、業績と無関係に高額である場合には注意が必要です。
たとえば、近年は業績が伸び悩んでいるにもかかわらず、直近で急激に役員報酬を引き上げていたような場合、事故によって働けなくなったとしても、その収入が全額
「労務の対価」
として認められるとは限りません。
実際の業務内容と地位の実態
「名ばかり役員」
と
「実働役員」
は、まったく違う扱いになります。
日々の業務を指揮し、営業活動にも従事していたようなケースでは、役員報酬の多くが
「労働の結果」
として認められます。
一方で、経理や人事の実務にまったく関与しておらず、取締役会にもほとんど出席していなかったといった事情があれば、休業損害の根拠は薄れてしまいます。
事故後の会社業績と報酬変動
裁判実務では、事故後に役員が業務に復帰できず、実際に会社の業績が悪化したかどうかが重要な判断材料になります。
役員が日々の業務に深く関与していたならば、業績にも何らかの変動が起きているはず――というのが、裁判所の基本的な考え方です。
事故後の報酬の変動
事故後に、役員本人が働けなくなり、それに連動して会社の売上や利益が実際に減少した事実があれば、
「本人の業務貢献」
が実態として認められやすくなります。
同様に、事故後に役員報酬が減額された場合も、
「労務の対価だったからこそ、働けなくなったときに報酬が減った」
と言えます。
「労務の対価性」
があったという証明になるのです。
会社としては不本意な話ですが、報酬をあえて減額することが、損害賠償請求の実務では
「労働を前提にしていた」
証拠となり得るのです。
裁判例の示す評価軸
代表的な裁判例では、以下のような判断がなされています。
たとえば、名古屋高裁平成11年9月23日判決では、同族会社の代表取締役が交通事故でケガを負い、一定期間働けなくなったという事案が争点となりました。
被害者である代表取締役について、その役員報酬の全額が労務の対価とは認められないとし、「会社の業績」
「役員の貢献度」
「報酬額の変動」
などの実態に基づいて、労務対価性を一部認めるにとどめました。
同様に、徳島地方裁判所(阿南支部)でも、会社社長の休業損害を巡って報酬の性質が検討された事例があります(平成13年5月29日判決・自保ジャーナル第1405号)。
このように、名ばかりの肩書ではなく、報酬の中身や業績との関係性を法的に
「ミエル化」
する作業が不可欠なのです。
法務部門が意識すべきこと
このような実務の状況をふまえると、企業法務としてできる準備は決して少なくありません。
たとえば、
・役員報酬の決定根拠を明文化し、業績や職務内容と連動させる
・実働の記録を、会議録・日報・業務評価などで残しておく
・万が一の事故に備えた社内ルール(報酬減額の判断基準など)を定めておく
これらの工夫が、
「損害賠償請求への対応力」
につながるだけでなく、社内の制度透明化やリスク管理の強化にも直結します。
事故はいつ起きるかわかりません。
けれども、評価される実態は、日々の積み重ねの中にあります。
「その報酬、本当に働いた分か?」
この問いに、証拠をもって「はい」と答えられるように、会社として、書類や制度面からの
「カタチ化」
が求められます。
著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所
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