相手の理屈に勝つことではなく、話そのものを成立させない。
そんな“封じ方”が、企業法務には必要になる場面があります。
話すこと自体が、すでに罠
人と人とのトラブルというのは、理屈で解決するとは限りません。
相手が聞く耳を持っていれば、話せばわかるでしょう。
ところが世の中には、そもそも
「話すこと」
自体が罠、という場面があるのです。
「一筆ください」
「確認だけです」
「形だけでいいんです」
そう言われて差し出された紙に、うっかりサインしてしまうこともあります。
その結果、
「ただの確認」
のはずだった書面が
「確認」
ではなく、
「既成事実の押印」
になってしまうことがあります。
そして、その
「既成事実の押印」
は、ある日突然、請求書や訴状の根拠に化けて戻ってくるのです。
サインは、意思表示です。
意思表示は、契約です。
契約は、拘束力です。
これら、すべては、地続きなのです。
「確認書」
には、内容や使い方次第で、れっきとした契約や同意の証拠として機能する危険があるのです。
相手は、法の正面からではなく、すき間からすり寄ってきます。
だからこそ、法務の形式論では防げませんし、じわじわと“静かな圧力”をかけて、現場の判断そのものを鈍らせ、狂わせてくるのです。
そういう手合いです。
実に、厄介な手口です。
静かな圧力には、構造で備える
こうしたときに求められるのは、相手を説得することではありません。
ましてや、
「言っても分からない相手」
に真面目に説明を尽くす必要もないのです。
必要なのは、
「話をさせない構造」
を、こちら側に作っておくこと。
すなわち、
「第三者を立てておく」
という、単純かつ強力なガードです。
私たちがお勧めしているのは、このような構え方です。
「この件については、すべて弁護士に任せています。私個人では対応いたしません」
この一言で、相手の出鼻をくじくことができます。
なぜなら、相手が狙っているのは“法的な勝利”ではなく、“現場の混乱”だからです。
“話させない”ことで、封じる
実際、このようなケースを担当したことがあります。
ある不動産開発の現場で、過去の売買契約をめぐって、既に無効となっていた合意を
「まだ有効だ」
と蒸し返してくる者がいました。
彼は、開発の進行を止めることで、新たに参入した企業から“示談金”を引き出そうと目論んでいたのです。
しかも、そのために狙われたのは、過去に関与しただけの地主さん。
この方に一筆書かせ、
「今でも契約が生きている」
と言わせたかったわけです。
土地柄もあったのでしょうが、その地主さんは気のいいご年配で、誤解を恐れずに言えば、
「面倒くさいから、まぁいっか」
とサインしてしまいそうな方でした。
そこで、代理人をたてることとなり、弁護士の名前で
「以後、私には一切接触しないでください」
という通知を送りました。
あくまで形式上の一通です。
それだけで、“その後の話”は一度も持ち上がりませんでした。
相手は手を引いたのです。
このように、
「直接話すこと」
を避けること自体が、最大の防御となることがあります。
人の良さにつけこまれる前に
もちろん、それでも相手が無理に会いに来る場合もあります。
難儀そうな顔で、わざわざ現れます。
人の良さにつけこんで、言葉を引き出そうとするのです。
それでも、そこで話をする義務はありません。
応じる必要も、応対する必要もないのです。
もし相手が何か言おうとすれば、毅然とした一言を返すのです。
「弁護士さんが“会う必要はない”と言ってました」
「もしあなたがまた来るようなら、逆に訴えるとまで言ってました」
相手のペースに乗せられないために、それ以外は黙ることです。
説明も議論もいりません。
話す必要のない相手とは、話さない。
“構造で止める”とは、こういうことなのです。
それは親しい関係にも起こる
このようなケースは、親しい間柄の中にも起こり得ます。
要するに、たとえ相手が知人であっても、古い付き合いであっても、“構造で止める”べき場面は前触れもなく訪れるものです。
そして、むしろ、そうした関係の中にこそ、第三者の
「代理」
という仕組みは真価を発揮します。
「わたしが言っているのではなく、弁護士がそう言っています」
このワンクッションが、関係を壊さずに、トラブルの火種だけを消す装置になるのです。
“話してから”では、もう遅い
人は、
「直接話せばなんとかなる」
と思いがちです。
しかし、直接話すことが、最大のリスクになることもあるのです。
1 代理人を立てる
2 話をさせない
3 構造で止める
これらは、逃げではなく、先手を打つ技術です。
「説得」
ではなく、
「構造」
で封じることです。
話してしまったら、もう遅い。
だからこそ、話す前に止める技術が、企業法務には必要なのです。
著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所
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