02156_社員の不祥事にどう向き合うか_その1_企業は社員の“私生活”まで管理できるのか?

不祥事の「境界線」は、意外なほど見えづらい

たとえば、ある社員が週末に飲酒運転で摘発された。

あるいは、勤務時間外にSNSで過激な発言をして炎上した。

こうした
「私生活上の非行」
を理由に、企業が懲戒処分を行うことはできるのでしょうか。

企業秩序を守るという名目で、企業経営者が厳正な対応を取りたくなる気持ちはわかります。

しかし、処分に踏み切るには、法律上の“深い谷”が待ち受けています。

私生活=自由、とは言い切れない

労働契約とは、
「企業に労働力を時間で提供し、その対価として報酬を得る」
契約にすぎません。

これは、
「企業に人格を明け渡す契約」
ではない――というのが大前提です。

要するに、勤務時間外の行動や私生活について、企業が一方的に口を出せるわけではありません。

たとえ社員が不道徳な行為や違法行為をしていたとしても、
「それが企業と無関係」
である限り、懲戒の対象にはならないのです。

しかし一方で、実際には私生活上の行動が企業の信用や事業運営に大きな影響を与えるケースも少なくありません。

「完全に自由」
かと言えば、それもまた違う
――このあいまいな地帯に、実務上の悩ましさが潜んでいます。

企業が処分できる“3つの条件”

裁判所の判断や法令上の解釈をふまえると、企業が私生活上の非行に対して懲戒処分を行うには、次の3つをすべて満たしている必要があります(*)。

(1)当該行為が、就業規則上の懲戒事由に明記されていること
(2)企業秩序に直接関係し、業務運営や職場秩序に影響を及ぼすおそれがあること
(3)企業評価を毀損する可能性が、客観的に認められること

この
「3つの条件」
を満たさない場合、たとえ企業が処分を下しても、労働者が争えば裁判所で無効とされるリスクが高まります。

感情で処分すると“逆転負け”が起きる

企業経営者の中には、
「ちょっとでも違反があれば即解雇だ」
と考える方もいます。

しかし、実際には、どんなに社員が悪質な行動をとっていたとしても、企業の懲戒権には明確な限界があります。

たとえば、懲戒処分には
「行為と処分のバランス」
が求められます。

非行の内容や背景、業種や職種、過去の事例との比較などをふまえた上で、社会通念上、相当であることが必要とされるのです。

この
「バランス」
を欠いた処分は、
「裁量権の濫用」
として無効とされる可能性があります。

起訴されたからといって、すぐに休職もできない

よくある誤解として、
「社員が逮捕・起訴されたら、その時点で休職にできる」
というものがあります。

ところが実務では、これも簡単ではありません。

たとえば
「起訴休職」
という制度がありますが、これは
「就業規則に明記されていること」
が前提であり、さらに、

・職務の性質
・企業の信用への影響
・本人の就労可能性

などを個別に判断した上で、
「客観的に休職の必要性がある」
と言えなければ、やはり無効とされるのです。

企業が取れる“現実的な選択肢”とは?

では企業は、ただ泣き寝入りするしかないのでしょうか。

そうではありません。

実務的にもっとも有効なのは、
「自主退職」
という選択肢を検討することです。

従業員側が自ら退職する場合には、企業側から一方的に解雇するのとは異なり、法的な規制が大きく緩和されます。

もちろん、その“促し方”には注意が必要です。

退職を強制するような言動、長時間の説得、精神的圧力
――こうした行為は
「退職の自由意思」
を損ない、退職の無効を主張されるリスクとなります。

まとめ:企業は「静かな出口」を用意すべし

従業員の私生活上の不祥事に、企業はどう対応すべきか。

その答えは、
「処分すべし」
ではなく、
「慎重に、静かに、出口を設計すべし」
ではないでしょうか。

厳正な処分を下したつもりが、裁判所で無効とされ、逆に企業側が損害を被る
――そんな“逆転劇”が現実に数多く起きています。

処分よりも、出口。
対決よりも、誘導。

そのための備えと判断軸を、次回以降のブログでさらに掘り下げていきたいと思います。


(*)企業による私生活上の非行への懲戒処分を有効とするか否かは、「企業の体面を著しく汚したか否か」「処分の社会的相当性」などを基準に、裁判所が慎重に判断しています(例:日本鋼管事件 最二小判昭和49年3月15日)。また、懲戒処分の有効性全般については、労働契約法15条(懲戒権濫用の禁止)、16条(解雇権濫用の禁止)なども参考になります。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

弁護士法人畑中鐵丸法律事務所
弁護士法人畑中鐵丸法律事務所が提供する、企業法務の実務現場のニーズにマッチしたリテラシー・ノウハウ・テンプレート等の総合情報サイトです