02158_社員の不祥事にどう向き合うか_その3_SNSで暴言、会社に炎上_懲戒処分はできるか?

ちょっと投稿しただけ”が、企業全体を揺るがす時代に

たとえば、ある従業員が昼休みにスマホからフェイスブックを開き、ちょっと愚痴を書き込みました。

「うちの会社、マジでクソ」
「あの上司、ほんまムリ」

本人としてはストレス発散のつもりです。

ところが、アカウントには実名、プロフィール欄には勤務先が明記されており、位置情報まで公開している状態でした。

投稿はまたたく間に拡散、炎上状態に。

メディアにも取り上げられ、取引先からは
「どうなっているんですか」
との問い合わせが入りました。

企業としては、頭を抱えるほかありません。

「こんな投稿をされたら信用に関わる。懲戒できないのか?」

とはいえ、感情だけで動けば、それこそ会社が“燃え上がる”リスクも出てきます。

感情ではなく、冷静さと構造的視点、そして何より、慎重な判断が求められます。

SNS投稿が炎上――懲戒処分はできるのか?

投稿はたった一言でも、企業の社会的信用や対外関係を損なう可能性があります。

では、現実に発生しやすい事案として、SNS投稿による炎上の場合はどうでしょうか。

たとえ会社が世間から批判されていても、それだけで投稿した従業員を
「即処分」
するのは、企業側にとって危うい対応です。

・企業PCを使って勤務時間中にSNSを閲覧した
・そこで暴言まがいの投稿をした

これが就業規則や情報機器管理規程に明記されており、違反行為と明示されていれば、懲戒の正当性を構築しやすくなります。

しかし、規定が曖昧だったり、そもそも
「個人のSNS投稿」
まで想定した規定が存在しない場合には、いかに
「ひどい投稿」
であっても、処分は法的にリスクの高い判断となります。

私的投稿でも、“企業秩序を害した”といえるか?

さらに重要なのが、投稿内容と
「企業秩序」
との関連性です。

懲戒処分の前提として必要なのは、
「企業秩序を乱した」
という事実です。

たとえば、匿名アカウントで愚痴を投稿していたとしても、それが特定の企業や人物に紐づかないものであれば、企業側の処分権は及びません。

一方で、冒頭にあるように、実名アカウントに会社名を記載し、明確に
「うちの会社は」
「うちの上司が」
と記載されていれば、話は別です。

「拡散によって企業の社会的信用が低下した」
という客観的事実が確認できるなら、
「企業秩序に直接関連がある」
と評価される可能性が出てきます。

懲戒処分には「就業規則の明記」が基本

法的には、
「懲戒=企業秩序維持のための制裁措置」
とされており、懲戒処分というのは、
「就業規則などに定められたルール違反に対して行われる措置」
が基本です。

裏を返せば、
「どのような行為が処分対象となるのか」
が事前に明示されていない場合には、企業としては処分ができない、ということにもなりましょう。

就業規則に書いていない行為に対して処分を行えば、その正当性が問われ、企業側が不利な立場に追い込まれるリスクが一気に高まります。

とはいえ、
「就業規則に書いてないから、絶対に処分できない」
というわけではありません。

社会通念に照らして明らかに企業秩序を害する重大な行為であれば、例外的に処分が有効とされる場合も、現実にはあります。

しかし、そうしたケースにおいてさえ、行為の性質や企業への影響の程度、懲戒内容とのバランス、就業環境への波及など、複数の要素を複数の要素を総合的に評価し、慎重に判断することが求められます。

要するに、就業規則に明示されていない行為について、機械的・形式的に懲戒処分を下すことは、極めて慎重でなければならないということです。

企業が曖昧な理由で処分を行えば、
「予見可能性」
に欠けるとして、処分自体が違法・無効と判断される可能性も出てきます。

「就業規則への明記」
は懲戒処分の“基本線”。

けれども、それだけでは処分できないというわけでもない。

企業としては、この“基本と例外の構造”を冷静に理解したうえで、個々の事案ごとに処分の妥当性を慎重に見極める必要がある、ということなのです。

懲戒できるのは“明確な就業規則違反”があってこそ

このように、SNS投稿を理由とする懲戒処分には、2つのハードルがあります。

1 投稿内容が企業秩序に関連しているか
2 それが就業規則に定められているか

このどちらが欠けても、企業にとっては、SNS投稿をした従業員に対する懲戒処分は原則として無効となるリスクが高いといえます。

「ちょっとSNSを使っていただけで、処分はやりすぎでは?」
と裁判所が見なす可能性が、決して小さくはないのです。

さらに、実務の感覚でいえば、カネと時間をかけたわりに、効果がうかがえず、むしろ企業側が不利になり得る、ともいえましょう。

企業の懲戒処分は、いつでも
「処分の重さと行為のバランス」
が問われます。

投稿の内容、投稿時の状況、アカウントの匿名性、企業名の記載有無、そして、
「コストとリターン」
という経営的視点――すべてを慎重に見極める必要があるのです。

規定が整っていないことこそ、企業リスクの“火種”になる

以上のことから、
「事後的な処分」
ではなく、
「事前のルール整備」
がもっとも重要である、とおわかりでしょう。

現代において、社員がSNSを利用するのはごく当たり前の光景です。

にもかかわらず、企業側がそれを想定したルールを明記していない場合、処分を検討した時には、すでに“手遅れ”になっている場合もあります。

たとえば、次のような規定の明記が望まれます。

・勤務時間中の私的SNS利用の禁止
・会社名を明記した投稿における誹謗中傷の禁止
・個人情報の漏洩や機密情報の開示の禁止
・コンプライアンスや企業イメージを毀損する行為の禁止

こうした内容を、就業規則や情報セキュリティ規程として文書化し、定期的に社員に周知する。

まさに、
「ミエル化」
「カタチ化」
「文書化」
の実践が求められるのです。

「辞めてもらう」という選択肢――処分に固執しない柔軟な対応を

そして、最も実務的な視点を忘れてはいけません。

規程の不備や処分のバランスに悩み、
「処分すべきか、処分できるのか」
と頭を抱えるよりも、もっとも静かで確実な道があります。

それは、
「自ら辞める」
という形で事態を整理することです。

本人がすでに精神的に疲弊しているようなケースや、炎上によって社内の人間関係が悪化しているような場合には、あえて処分に踏み込むのではなく、
「自ら辞める」
という形で穏やかな着地を図るうえで、現実的な対応といえます。

過度な退職勧奨は
「強制退職」
と評価されるリスクもあるからこそ、
・時間帯
・言葉遣い
・面談の人数
・面談の頻度
あくまで社会通念の範囲で、冷静に、落ち着いたコミュニケーションを重ねることが重要です。

まとめ――“処分よりも、静かな出口”を意識して

たとえ感情が高ぶっていても、企業として
「SNSで炎上したから即処分」
という判断は禁物です。

処分をめぐって訴訟に発展すれば、企業自身のリスクはさらに拡大します。

要するに、企業が考えるべきは
「感情」
ではなく
「構造」。

就業規則の整備、企業秩序との関連性の見極め、行為と処分のバランス。

そして、最後の最後には「静かな出口」としての自主退職。

確実に、実務を前へ進めるために、このような構造的な整理をふまえた判断の視点を持ちながら、落ち着いて、確実に、実務対応を積み重ねていくことが大切です。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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